悠久の果てに…(創作1byむく)

とっぷに戻る

 
第十四章 無題外泊

 
  しばらくの沈黙の後、リーシアスがゆっくりと、これまでのいきさつを話し始めた。ゼフェルは黙って聞いている。雨はいっそう激しさを増したようだ。リーシアスが話し終わってもゼフェルはしばらく何も言わなかった。日も暮れたようで、外は真っ暗になっている。ゼフェルは立ち上がり窓の外を見て言った。
「これじゃ、夜が明けるまで帰れねーな。」

 が、リーシアスが何も言わないので、見ると、座ったまま彼女は眠っていた。身体が傾いて、タオルが落ちそうになっている。げっ。声に出しそうになって、ゼフェルはうろたえた。見回すと、ロッカーがある。開けると中に1枚だけ毛布が入っていた。引っぱり出す。ちょっとかび臭い。
「なんにもねーより、マシか。」
そう言ってロッカーを閉めたら、大きな音がした。リーシアスが目を覚ます。一瞬状況が理解できずにぼーっとしていたが、すぐに思い出し、はっとして、落ちかかっていたタオルをまた前で合わせる。

 「今夜は帰れそうにないから、これを使えよ。服はまだ乾いてねーし。」
そう言って、リーシアスに毛布を渡した。
「帰れないのか。」
聖地ではもう気がついて、心配しているんじゃないかな。そんな不安そうなリーシアスの表情を、ゼフェルは誤解した。
「なんにもしやしねーから安心しろよ。眠ったほうがいいぜ。」
リーシアスはきょとんとしたが、くっと小さく笑った。
「それにしてもこの毛布、なんだかかび臭いよ。大丈夫かなぁ。病気になりそう。」
「それしかねーんだから、贅沢言うなよっ。」
「ゼフェルは?」
「毛布が1枚しかねーんだ。おれは起きてる。」
「そんなのだめだよ。きっと途中で眠っちゃう。そんな格好で寝たら、風邪ひくくらいじゃすまないよ。君が熱を出したら、誰がバイクを運転すればいいのさ。一緒に毛布を使おう。」
もっともな言い分である。言われるままにゼフェルはリーシアスの隣に座り、1枚の毛布に一緒に潜り込んだ。心臓がどきどきする。

 (これじゃ、眠れねーのは一緒だぜ)
そんなゼフェルの気持ちを知ってか知らずか、リーシアスはまたすぐに寝息を立て始めた。
(この状況でぐーすか眠れるなんて、おれ、なめられてんのか?)
最初、ゼフェルはそう思ったが、
(信用されてるってことにしとくか。)
そう考え直し、リーシアスの寝顔をしばらく眺めているうちに、ゼフェルもまたいつの間にか眠りに落ちていった。

 ゼフェルとリーシアスが外界に抜け出したことは、すぐにジュリアスやロザリアのところに報告が行った。ゼフェルの無断外出は今までにも何度もあった。が、今回はリーシアスが一緒だという。どうせゼフェルがそそのかしたに違いないが、ロザリアは嫌な予感がした。そういえば、ゼフェルにだけリーシアスが女性であると伝えるのを忘れている、ということを思い出したのだ。ロザリアの心配は的中した。数分で戻ると思ったのに、いつまで経っても、ふたりが戻ったという報告が来ないのだ。ロザリアはジュリアスのところへ行った。
「あのふたり、こんなに経っても戻らないなんて。」
ジュリアスも時計を気にしていた。
「もう外では半日以上経過しているはず。なぜ戻らぬのだろう。」
「わたくし、うっかりして、ゼフェルにはリーシアスが女性であることを伝え忘れていたのです。」
「それは、まことか。今のところ、地のサクリアも鋼のサクリアも異常はないから、ふたりの命に心配はないということだが、それで戻って来ないというのであれば…、誰かを探しにつかわせたほうが良さそうだな。」

 そこへ、二人が戻ってきたという報告が入った。すぐ、宮殿に来るようにと使いのものをやる。呼ばれてジュリアスの執務室に来た二人は見るからに疲れた様子だった。
「無断外出だけでも許し難いというのに、こんなに長い間何をしておったのだ。」
ジュリアスが厳しく言う。リーシアスがうなだれる。
「申し訳ありません、ジュリアスさま。」
ゼフェルがそれを遮る。
「リーは、リーシアスは悪くねーんだ。おれが勝手に連れだしただけで。」
「それはわかっている。」
当然のようにジュリアスが言ったので、思わずゼフェルはむっとなった。が、ぐっとこらえる。
「別に何も悪いことはしてねー。バイクをとばしていたら、天気が悪くなって帰れなくなっただけだ。それより、早くリーシアスを休ませてやってくれよ。雨にあたって、具合が悪いみたいなんだ。」

 窓から差し込んだ朝日でゼフェルが目を覚ましたとき、リーシアスはすでにきちんと服を着て起きていたが、顔色が悪かった。ゼフェルが持ってきていた食べ物もあまり食べなかったし、何よりバイクの後ろに乗せたとき、ゼフェルの腰につかまった手が熱かった。ゼフェルは頭の中がごちゃごちゃした感じで、リーシアスに話しかける言葉を失っていたが、リーシアスのほうも、ずっと押し黙ったままだったのだ。

 「なに?」
ジュリアスがそう言ってリーシアスに近寄ると、リーシアスはジュリアスを見上げたが、そのままふらっと倒れかかった。ジュリアスがあわてて受け止める。そのまま膝をつき、リーシアスの額に手を当てた。
「これは、ひどい熱だ。」
「え?リー!!」
ゼフェルもあわてて駆け寄る。覗きこんだゼフェルの額にもジュリアスは手を当てた。
「ふむ、そなたも少し熱があるようだな。今日のところは屋敷に帰って休むが良い。リーシアスのことはわたしが引き受けた。」
「でも…」
ゼフェルがしぶると、ジュリアスが鋭く言う。
「守護聖たるもの、体調をきちんと整えておくのも女王陛下にお仕えするためには大切なことだ。そなたは自覚が足りなすぎる。リーシアスの身を案ずる気持ちはわかるが、そなたが無理をしてもなんにもなるまい。」
「ちっ」
ゼフェルは小さく言うと、そのまま部屋を出ていった。

 

第十五章
(第十四章 コメント)
 
むく 「…」
ゼフェルさま 「ちっ!まだ、恥ずかしい話が続いてやがるっ」

とっぷに戻る