悠久の果てに…(創作1byむく)

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第十二章 真実 

 
  翌、月の曜日、ロザリアの元に、ランディとリーシアスの殴り合いの報告が届いた。リーシアスの屋敷の者で、元々はロザリアの使用人だった者が見ていたのだった。
「ランディとリーシアスが…、ですって?」
ロザリアには信じられなかった。ふたりともとてもそんな性格とは思えないからだ。しばらく考えていたが、これは自分で確かめなければ、とまずリーシアスの執務室を訪ねた。

 急なロザリアの訪問に、リーシアスは驚いて執務机から立ち上がり、ロザリアを招き入れたが、その顔を見て、ロザリアは息の飲んだ。
「まぁ…!」
しばらく声が出ない。リーシアスの左頬には浅黒いあざができていた。肌の色が白いだけにとても痛々しい感じである。
「それは…ランディがやったというのは本当ですの?」
「そんなに目立ちますか…?」
リーシアスは苦笑いをしながら頬に手をやり、ロザリアの問いには直接答えず、
「ランディが悪いのではないんです。」
とだけ言った。

 「でも、でも、女性の顔をなぐるなんて…」
ロザリアの発言にリーシアスは笑った。
「でも、彼は…ランディは、わたしが女とは知らないんですよ?ロザリアさま」
ロザリアはしゅんとなった。
「そうですね。みな、わたくしの責任ですわね。」
リーシアスがあわてた。
「ロザリアさまを責めるつもりで言ったんではないんです。」
「いいえ、はじめからみなさまに本当のことを申し上げていれば、こんなことにはならなかったはずです。二度とこのようなことがないように、今から、わたくしが直接みなさまにお知らせしてきます。」
「ロザリアさま?」
突然のことに、リーシアスはそれ以上言うべき言葉がみつからない。聖地に来てすぐに、女であることは隠せ、と言われ、ずっとそれを守って来たのである。すでに、オリヴィエにばれていることはわかっていたが、それ以上は知らない。急にそんなことを言われても…、真実が知られるのは正直なところ、怖いような気もした。
「あなたは、今までと同じようにふるまえばいいのですからね。何も気を使う必要はありません。」
そう言い残して、ロザリアはリーシアスの執務室を後にした。

 ロザリアは、まずランディの執務室に行った。たしかに女性とは知らされていなかっただろうが、それでも人を殴るなどとは乱暴がすぎる、まず、それを言わなければ、と思っていた。しかし、ランディの顔を見たら、怒りは消えて、吹き出しそうになってしまった。さきほどのリーシアスより、ランディのほうがひどい有様だったのだ。笑ってはいけない、と必至にこらえていたら、ランディがそれをロザリアがひどく立腹していると勘違いしてしまった。昨日アンジェリークにも言われて、先に手を出したことをひどく後悔していたからだ。それでも、まだリーシアスに謝りに行く決心ができずにいたところに、ロザリアが訪問してきたのである。

 「あの、おれ、すごく反省しているんです。それで、あいつ…リーシアスに謝りに行こうかと…」
しゅんとして言うランディを、ロザリアが遮った。
「その前にリーシアスのことでお話しておくことがあります。」

 真実を聞かされて、ランディはとびあがらんばかりに驚いた。
「そんなことって…だから、あいつ…」
女であれば、アンジェリークに想いをうち明けられたとしても、ただ困るだけだろう。おれの気持ちに気づいていたから、あんなふうに…とランディは考えたが、まさかリーシアスが自分に想いを寄せているとまでは想像しなかった。
「やっぱり、おれ、今からリーシアスのところに謝りに行きます。」
ロザリアと一緒に部屋を出ると、走るように行ってしまった。

 息せき切って部屋にやってきたランディを見て、リーシアスは苦笑した。ロザリアが皆に知らせると言って出ていったときから、ランディが来るのは予想していたが、まさかこんなに急いでやってくるとは、と思ってなかったからだ。
「あの、おれ、女の子だなんて知らなかったから…ほんとに、ごめんよ。」
そう言って、リーシアスに歩み寄ると、手のひらでそっと彼女の頬に触れた。
「こんなあざになっちゃって、もしも残ったら…」
ランディに触れられて、リーシアスの心臓は爆発寸前である。顔が赤くなってしまいそうだ。なので、ランディの手から逃げるように横を向くと、わざとおどけた調子で言った。

 「そうなったら、きみに責任とってもらおうかなー。」
「え、せ、責任、って…」
ランディが頬を赤らめ、どぎまぎしたように言ったので、リーシアスは腹をかかえるようにして、笑った。
「あはははは、ランディってば。冗談だよ、冗談。それに、どっちかというと君のほうが責任とってもらわなければならない状態のような気がするよ。」
ランディは今朝鏡を見たときの自分の顔を思い出した。確かに、あざひとつ、なんてものじゃなかった。一緒に笑う。が、急にまじめな表情になり、
「それでも、先に手を出したのはおれだから、それだけはきちんと謝っておく。この通り、ごめん。」
そう言って頭を下げた。リーシアスが慌てて言った。
「いや、わたしのほうこそムキになってやりすぎたよ、ごめん。それに、わたしがアンジェリークにひどいことしちゃったのは、確かだし。」
リーシアスの言葉にランディは、はっとなった。
「ロザリアさまが君のことを皆に知らせておくと言っていたけど、アンジェリークにも言ったんだろうか?」
彼女はいったいどんな気持ちでそれを聞いたのだろう、という不安がこみあげてくる。
「おれ、アンジェリークのところへ行ってくる。」
ランディが言ったので、リーシアスはつらそうな顔で言った。
「そうしてくれ、ランディ。わたしは…わたしにはどうしていいかわからない。」

 一方、ランディの背中を見送った後、ロザリアは、
(さて、他のみなさまにもお知らせしておかなければ)
と考え、それぞれの執務室を訪問した。しかし、クラヴィスも、オスカーも、オリヴィエもそんなことはとっくに知っていたと言うし、リュミエールとマルセルもさして驚いた様子もなく、そんな気がしていた、と答えたのでロザリアは気が抜けてしまった。
(後はゼフェルだけね…)
しかし、ゼフェルは留守だったので、また後でと思って、執務室に戻ったロザリアを待っていたのは、女王試験終了の知らせだった。宮殿はにわかにあわただしくなった。ロザリアはすっかりゼフェルのことを忘れてしまった。

 ランディはあちらこちらを探し回って、やっと森の湖のほとりにひとりでいるアンジェリークを見つけた。しかし、声をかけるのがためらわれるほど、アンジェリークの様子は暗かった。それでも、ランディは声をかけた。
「アンジェリーク」
ランディに向けたその瞳は、涙があふれそうになっていた。
「ロザリアさまから聞いたのかい?リーシアスのこと。」
「はい、ランディさま。さっき、クラヴィスさまのおへやで育成のお願いをしていたら、ロザリアさまがいらっしゃって、ちょうどよいから二人に話がある、と。」
「それで、知らされたんだね。リーシアスの…彼女のことを。おれもさっきロザリアさまから聞いて、もうびっくりしちゃって…昨日あんなことがあったし…」
「でも、クラヴィスさまは全然驚かれずに、知っていた、とだけおっしゃってました。なのに、わたしったら、なんにも気づいてなくて…こんなおかしいことってありませんよね。」
おかしい、という言葉とは裏腹に、とうとうアンジェリークの目から涙がこぼれ落ちた。

「アンジェ…かわいそうに。そんなにもあいつが好きだったんだね。」
ランディはアンジェリークをそっと抱き寄せると、髪をなでた。アンジェリークの肩がぴくりとしたが、涙が止まらなくてどうにもならない。そのままランディの胸に顔をうずめ、泣いていた。

 

第十三章

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