悠久の果てに…(創作1byむく)

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第十一章 喧嘩 

 
 ランディとアンジェリークが公園でため息をついていた頃よりだいぶ前に、リーシアスは自分の馬を連れて、すでに聖地に戻ってきていた。家族の誰にも会わず、伝言だけ残して馬を連れてきたのである。やはり気分が暗かった。馬に乗って屋敷に向かうと、途中でゼフェルに会った。
「よぉ、リー、その馬どうしたんだ?」
リーシアスは馬から降りて、手綱を握った。ゼフェルは、リーシアスと呼ぶのは舌をかみそうだといって、いつのまにか<リー>と呼ぶようになっていた。

「わたしの馬だ。ロザリアさまのお許しが出たので、連れてきたんだ。」
どこもかしこも真っ白な馬である。ゼフェルが近寄ってきた。自分と世話係以外には決してなつかなかった気の荒い馬である。暴れるといけない、と思い、手綱を握る手に力がこもる。ところが、ゼフェルがそばにより、首筋をなでても、馬はおとなしくしていた。
 

「なー、ひとつ頼んでもいいかな。」
ゼフェルがリーシアスを見て言った。
「なんだい?」
「おれ、一度馬に乗ってみてーと思っていたんだよな。でも、ジュリアスやオスカーに頼むのはしゃくに触るんで言えなかったけど、おめーになら頼みやすいから…」
ちょっと照れた感じに言う。リーシアスが微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。いいけど、でも乗ったことないんだろ?いきなりひとりで、ってのは無理だよ。」
そう言うと、ひらりと馬に乗った。
「後ろに乗りなよ。」
 言われてゼフェルはよじ登り、リーシアスの後ろに座った。鞍が狭いのでリーシアスの背中にくっつく感じになってしまう。
「どこにつかまりゃいいんだよ。」
ゼフェルが言った。
「そりゃ、わたしにつかまるしかないだろう。」
リーシアスがゼフェルを振り返ってそう言ったので、その通りにした。細い身体。しかもリーシアスの頭はゼフェルの鼻の高さくらいしかない。
「おめー、ちいせーんだな。細っこいし、なんか女みてーだ。」
思わずそう言ってしまってから、ゼフェルはしまった、と思った。自分だって身長のことを言われるとムカつく。ましてや、女みてーだなんて、最高の屈辱だぜ。ところが怒ると思ったリーシアスの横顔は笑っただけだった。

 「女みてー、か。そうかもな。それじゃ、行くよ。」
そう言って前を向くと手綱を操って馬を歩かせ始めた。そのときリーシアスの金の髪がゼフェルの顔をかすめ、ほのかにいい香りが漂った。リーシアスが怒らなかったのは助かったが、ゼフェルは妙な感じがした。いつものリーシアスじゃないみたいな気がする。しばらく黙っていたが沈黙に耐えられなくなって言った。
「なー、いつまでこうやってちんたら歩いているんだ?こう、かっとばすってーのはできねーのかよー?」
「あのね、ゼフェル。こんなところで馬をかっとばしたら、通行人に迷惑だろ?聖地の中にもちゃんと馬の早駆け用のコースがあるんだ。今そこへ向かっているところ。」
「へぇ、そうなんだ。」
リーシアスのほうも、少し落ち着かない気分がしていた。自分でそうさせたこととはいえ、ゼフェルに後ろから抱きすくめられているような形である。日頃はまったく意識したことがなかったのに、改めて、ゼフェルは男なんだと感じていた。

 しかしコースについて実際に馬を駆らせると、ふたりともすぐにそんなことは忘れて夢中になった。ゼフェルは初めての体験だったし、リーシアスも久しぶりのことだったからだ。何度となくコースを巡っているうちに日が傾いてきたので、ようやく帰ることにした。馬には乗り疲れていたので、降りて手綱を引きながら二人で並んで歩いていると、リーシアスの屋敷の門の外にランディとアンジェリークがいた。

 「やっと帰ってきたのか、リーシアス。」
ランディの声は鋭い。リーシアスはどきっとした。アンジェリークがじっと自分を見てる。
「いったい今までどこにいたんだよっ。アンジェリークとの約束をすっぽかして。」
ゼフェルと二人で楽しそうに話しながら戻ってきたので、ランディはよけい怒っていた。
「あ、忘れていた…」
リーシアスは答えた。はじめから用意してあった返事である。これでランディの怒りが爆発した。
「忘れていた、だとぉ。アンジェリークがどんな気持ちでおまえを探していたんかわかってんのかっっ!この野郎!」

 そう言って、リーシアスに殴りかかった。まさか殴られるとまでは予想してなかったので、ランディの最初の1発はリーシアスの頬にストレートに決まった。リーシアスの身体が後ろに跳んでひっくり返った。馬がいなないたので、あわててゼフェルが手綱を押さえる。アンジェリークが息を飲んだ。
「やったな。」
リーシアスが身を起こし、頬をこすりながら言った。ランディのヤツ、なにも知らないくせに。無性に腹が立った。自分で決めたこととは言え、家族に会わずに帰ってきた悲しみもいらだちを加速させていた。次の瞬間身を起こすと、今度はリーシアスがランディに殴りかかっていった。取っ組み合いになる。

 「やめてっっ」
アンジェリークが泣きながら叫んだが、ふたりの耳には届かない。
「おめー、ちょっとこれ持ってろよ。」
アンジェリークに馬の手綱を預けると、ゼフェルがふたりの喧嘩を止めに入った。
「おめーらこんなとこでいい加減にしろよ!」
と怒鳴る。ゼフェルがわって入ったので、やっと二人は離れた。服はどろどろで顔も悲惨な有様だ。
「どうして…」
アンジェリークがしゃくり上げるように言った。

 「あーあ。」
あきれたように言ったのはゼフェルである。
(喧嘩をしたことはあっても、喧嘩を止める立場になったのは初めてだぜ。)
「アンジェリーク、おめーはランディを頼むぞ。おれは、こいつを連れて行くから。」
そう言うと、馬とリーシアスを連れて、門を入っていった。その後ろ姿をまだランディはにらみつけていた。アンジェリークが涙声で言った。
「リーシアスさまは、約束を忘れるような方ではないです。きっとなにか理由があったに違いありません。なのに、いきなり殴るなんて…ランディさま、ひどいです!」

 ランディは、はっとなって、アンジェリークを見た。大粒の涙をぽろぽろこぼしている。アンジェリークのために怒ったランディだったが、その本人にこう言われてはなすすべもない。
「ごめん…行こうか。」
そう言って歩き出した。

第十二章
(第十一章 コメント)
 
むく 「乗馬の心得もございません。妙なことを書いてもいてもご容赦をm(__)m」

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