悠久の果てに…(創作1byむく)

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第十章 策略 

 
 時には寂しさを感じるときもあったが、そんなわけで当初気負ったよりも比較的穏やかにリーシアスの聖地での日々が過ぎていった。

 そんなある日。赴任してからすでに2ヶ月近く経過しようとしていた金の曜日の朝、リーシアスはロザリアに呼ばれた。
「今の段階で、どちらの候補が女王になるのかは、わたくしからは言えませんが、このまま順調にいけば、来週中には女王試験が終わるでしょう。」
リーシアスが部屋を訪問するとロザリアが言った。
「女王試験が終われば聖地の時間の流れは外界とは切り離されます。もし家族に会いに行きたいと思うのであれば、この週末が最後の機会になるかもしれません。いらっしゃるのであれば許可を出しますが、いかがなさいますか?」
ロザリアの言葉にリーシアスの心は揺れた。幼い弟、父、母…脳裏をかすめるが、首を横に振った。再び会ったら、もう聖地に戻ってくるのが嫌になりそうな気がした。そんなリーシアスの心を察したロザリアは、
「それでは、女王試験がもうじき終了するという話はご内密にお願いしますね。」
とだけ言った。

 沈んだ気持ちで執務室に戻ると、アンジェリークが待っていた。彼女の表情もどことなく暗い。
「あの、リーシアスさま、お話があるのですが…」
「ん?なんだい?」
「今度の日の曜日の昼に、森の湖の滝の前までいらっしゃっていただけないでしょうか?」
日の曜日にアンジェリークと公園や湖に出かけたことはあるが、こんな風に前もって約束を持ちかけられたのは初めてである。前にランディが言った言葉が、リーシアスの頭に響いた。
<アンジェリークはおまえのことが好きなんだな。>
(まさか…)
そう思ったが、とっさに断る理由が思いつかない。
「別にかまわないよ。」
と答えてしまった。すると、
「それではこれで失礼します。」
と言ってアンジェリークはすぐに帰っていってしまった。その後ろ姿を見送って、リーシアスはちょっと不安になった。
(なんか元気がなかったな。もしかしてレイチェルに負けているんだろうか?あんなに頑張っているのだから、女王になるのは、てっきりアンジェリークと思ったんだけど…)

 アンジェリークと入れ違いにランディが通りかかった。アンジェリークのことを言って以来、ほとんどリーシアスの部屋には来たことはなかったのだが、今は元気のなさそうなアンジェリークのことが気になったので、つい、そこにいたリーシアスに話しかけた。
「今、アンジェリークとすれ違ったけど、元気なかったな。もしかして、試験だめだったんだろうか…」
「ランディ、そういう話は中でしよう。」
リーシアスはランディを執務室に招き入れた。
「で、だめだった、って…?」
改めてランディに問う。
「いや、もうすぐ女王試験が終了するらしい、という噂を聞いただけで、アンジェリークがだめかどうかまでは知らないんだ。」
とランディが答えた。

 (なんだ、ロザリアさまは内密とか言ったけど、もう噂になっているんじゃないか。)
とリーシアスは思った。アンジェリークも元気がなかったが、ランディも元気がない。女王試験が終われば、どのような結果でも、もうアンジェリークには会えなくなるかもしれないからだ。それを悟ったリーシアスは、しばらくためらったがついに言った。
「今度の日の曜日の昼にちょっと時間あるかい?」
「特に用事はないけど?」
ランディが答えるとリーシアスが言った。
「それなら、話したいことがあるから、森の湖の滝の前に来てくれないか?」
(これじゃ、さっきのアンジェリークのセリフと一緒だな)
言ってから、ちらっと考え、内心で苦笑した。
「構わないけど…」
とランディは答えたが、いくぶん不思議そうである。
「それじゃよろしく。ところで、急に用を思い出したので、行かなければならないところがあるんだ。」
と言って、リーシアスが席を立ったので、二人で部屋を出た。

 リーシアスが訪れたのはロザリアの部屋である。
「たびたび失礼します。ロザリアさま。お願いがあるのですが。」
リーシアスが言うと、
「やはり、一度故郷に戻られますか?」
とロザリアがにっこり微笑んだ。
「はい。でも、家族に会うためではありません。馬を連れてきたいのです。」
「馬、ですか?」
「はい、ジュリアスさまやオスカーさまはご自分の馬に乗っておられますよね。今、聖地のパトロールの際は、オスカーさまやジュリアスさまの馬をお借りして乗っているのですが、せっかくだから、自分の愛馬を連れてきたいのです。屋敷には厩舎もあるようですし。それで、わたしの馬は、わたしと世話係の者にしか慣れていませんので、移動の途中で暴れてもいけませんし、自分で直接連れて来ようと思うのです。」
「そうですか。わかりました、許可を出しましょう。日の曜日の夕方までに戻ればいいのだから、ゆっくりしてきてもいいのですよ?」
ロザリアが言った。リーシアスは頷いたが、別のことを考えているようだった。
 

 日の曜日の昼。ランディはリーシアスに言われたように、森の湖に向かった。じゅうぶん間に合うように出たのだが、途中で風船が木にひっかかって泣いている子供に出会い、それを取ってやっていたら、約束の時刻に30分も遅れてしまった。
「まずい、リーシアス、怒っているかな。」
急いで湖の滝の近くに行くと、そこにいたのはリーシアスではなく、アンジェリークだった。アンジェリークはうつむいていたが、ランディの足音に気づいて、ぱっとうれしそうな顔を上げた。しかし、来たのがランディと気づくと、また表情が暗くなった。ランディにしてみれば放っておけない。

 「どうしたんだい?アンジェリーク」
再びアンジェリークはランディの顔を見たがその瞳が潤んでいる。それでもランディの口調が優しかったので、アンジェリークは素直に答えた。
「リーシアスさまとここでお約束しているんですが、いらっしゃらないんです。」
 

 「なんだって?」
(あいつ、まさか…)
同じ時刻に同じ場所で別々にふたりの人間と待ち合わせの約束をしていて、自分は来ない、なんて策略以外の何ものでもない。
(おれの気持ちに気づいていたのか。でも、あいつだってアンジェリークのことを好きなようだったし…)
これは、ランディの完全な思い違いである。確かにリーシアスはアンジェリークを好きではあったが、それはランディのような恋心とは本質的に違っていたのだから。ランディはアンジェリークを見た。ひどく落ち込んで泣き出しそうな感じである。そんなアンジェリークと無理矢理ふたりきりにされたって、どうしようもない。

 (アンジェリークの気持ちが第一じゃないか。なんでおれに譲ろうなんて思うんだ、あいつ…)
「きっと何か急に用事ができたんじゃないかな?良かったら一緒に探そうか?」
とりあえず、アンジェリークを慰めた。
「ランディさま…。はい、よろしくお願いします。わたしには今日しか残されてないかもしれないんです。」
アンジェリークがそう言ったので、ランディの心が痛くなった。
(リーシアス…!絶対見つけだしてやるからな。)

 まず、最初にリーシアスの私邸に行ってみた。実は、リーシアスは朝から故郷に戻っていたのだが、外界に行ってることは伏せられるのが普通なので、屋敷の者は、夕方までには戻ると思うと言うだけで、どこに行ったのかは教えてくれない。次に執務室にも行ってみたが、鍵がかかっている。もしかして森の湖に行ってるかも、と再度足を運ぶが、誰もおらず、今度は公園に向かう。そこにもリーシアスの姿はなかった。アンジェリークは疲れてきたこともあって、ますます落ち込んでいる。ランディはくやしくてたまらない。自分じゃアンジェリークを元気づけられないのがもどかしい。それでも、少し休もうと、公園のベンチに座り、アイスクリームを買ってきて、アンジェリークにも勧めた。素直に受け取って食べ始めたアンジェリークだったが、途中で動きが止まった。噴水をぼーっと見つめている。

 「そんなにあいつが、リーシアスのことが、好きなのかい?」
たまりかねて、ついにランディが聞いた。もう残された時間がわずかなことを自覚しているアンジェリークは、ランディの問いかけに素直に頷いた。ランディの想いには気がついていない。一方、ランディは、自分で聞いたくせに、アンジェリークの返事に悲しくなっていた。しばらく黙ってアイスを食べる二人。ふとランディが思いついて言った。
「そうだ、メルに占ってもらおう。リーシアスの居場所がきっとわかるぞ。」
期待して二人で行ってみたが、メルも留守だった。日の曜日なのだから仕方がない。日が傾いてきた。歩きながらため息をつくアンジェリークの横顔を、ランディはなすすべもなく見つめていた。
 

第十一章
(第十章 コメント)
 
むく 「たまにはゲームの内容も取り入れようかと思いまして…」
ランディさま 「そういえば、見たことあるような…」
むく 「え?ランディさまも森の湖の滝でお祈りしたことあるんですか?」
ランディさま 「滝でお祈り?なんだい、それ?」
むく 「あ、ご存知ないならいいんです。…呼ばれた方は知らないわけで。しかも期待はずれじゃねぇ…
ランディさま 「え?なにをぶつぶつ言ってるんだか…??」

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