時には寂しさを感じるときもあったが、そんなわけで当初気負ったよりも比較的穏やかにリーシアスの聖地での日々が過ぎていった。
そんなある日。赴任してからすでに2ヶ月近く経過しようとしていた金の曜日の朝、リーシアスはロザリアに呼ばれた。
「今の段階で、どちらの候補が女王になるのかは、わたくしからは言えませんが、このまま順調にいけば、来週中には女王試験が終わるでしょう。」
リーシアスが部屋を訪問するとロザリアが言った。
「女王試験が終われば聖地の時間の流れは外界とは切り離されます。もし家族に会いに行きたいと思うのであれば、この週末が最後の機会になるかもしれません。いらっしゃるのであれば許可を出しますが、いかがなさいますか?」
ロザリアの言葉にリーシアスの心は揺れた。幼い弟、父、母…脳裏をかすめるが、首を横に振った。再び会ったら、もう聖地に戻ってくるのが嫌になりそうな気がした。そんなリーシアスの心を察したロザリアは、
「それでは、女王試験がもうじき終了するという話はご内密にお願いしますね。」
とだけ言った。
沈んだ気持ちで執務室に戻ると、アンジェリークが待っていた。彼女の表情もどことなく暗い。
「あの、リーシアスさま、お話があるのですが…」
「ん?なんだい?」
「今度の日の曜日の昼に、森の湖の滝の前までいらっしゃっていただけないでしょうか?」
日の曜日にアンジェリークと公園や湖に出かけたことはあるが、こんな風に前もって約束を持ちかけられたのは初めてである。前にランディが言った言葉が、リーシアスの頭に響いた。
<アンジェリークはおまえのことが好きなんだな。>
(まさか…)
そう思ったが、とっさに断る理由が思いつかない。
「別にかまわないよ。」
と答えてしまった。すると、
「それではこれで失礼します。」
と言ってアンジェリークはすぐに帰っていってしまった。その後ろ姿を見送って、リーシアスはちょっと不安になった。
(なんか元気がなかったな。もしかしてレイチェルに負けているんだろうか?あんなに頑張っているのだから、女王になるのは、てっきりアンジェリークと思ったんだけど…)
アンジェリークと入れ違いにランディが通りかかった。アンジェリークのことを言って以来、ほとんどリーシアスの部屋には来たことはなかったのだが、今は元気のなさそうなアンジェリークのことが気になったので、つい、そこにいたリーシアスに話しかけた。
「今、アンジェリークとすれ違ったけど、元気なかったな。もしかして、試験だめだったんだろうか…」
「ランディ、そういう話は中でしよう。」
リーシアスはランディを執務室に招き入れた。
「で、だめだった、って…?」
改めてランディに問う。
「いや、もうすぐ女王試験が終了するらしい、という噂を聞いただけで、アンジェリークがだめかどうかまでは知らないんだ。」
とランディが答えた。
(なんだ、ロザリアさまは内密とか言ったけど、もう噂になっているんじゃないか。)
とリーシアスは思った。アンジェリークも元気がなかったが、ランディも元気がない。女王試験が終われば、どのような結果でも、もうアンジェリークには会えなくなるかもしれないからだ。それを悟ったリーシアスは、しばらくためらったがついに言った。
「今度の日の曜日の昼にちょっと時間あるかい?」
「特に用事はないけど?」
ランディが答えるとリーシアスが言った。
「それなら、話したいことがあるから、森の湖の滝の前に来てくれないか?」
(これじゃ、さっきのアンジェリークのセリフと一緒だな)
言ってから、ちらっと考え、内心で苦笑した。
「構わないけど…」
とランディは答えたが、いくぶん不思議そうである。
「それじゃよろしく。ところで、急に用を思い出したので、行かなければならないところがあるんだ。」
と言って、リーシアスが席を立ったので、二人で部屋を出た。
リーシアスが訪れたのはロザリアの部屋である。
「たびたび失礼します。ロザリアさま。お願いがあるのですが。」
リーシアスが言うと、
「やはり、一度故郷に戻られますか?」
とロザリアがにっこり微笑んだ。
「はい。でも、家族に会うためではありません。馬を連れてきたいのです。」
「馬、ですか?」
「はい、ジュリアスさまやオスカーさまはご自分の馬に乗っておられますよね。今、聖地のパトロールの際は、オスカーさまやジュリアスさまの馬をお借りして乗っているのですが、せっかくだから、自分の愛馬を連れてきたいのです。屋敷には厩舎もあるようですし。それで、わたしの馬は、わたしと世話係の者にしか慣れていませんので、移動の途中で暴れてもいけませんし、自分で直接連れて来ようと思うのです。」
「そうですか。わかりました、許可を出しましょう。日の曜日の夕方までに戻ればいいのだから、ゆっくりしてきてもいいのですよ?」
ロザリアが言った。リーシアスは頷いたが、別のことを考えているようだった。
|