悠久の果てに…(創作1byむく)

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第八章 聖地での日々 

 
 といわけで、リーシアスが聖地に来てたった10日ほどの間に、ロザリアの思惑とは裏腹に、大部分の守護聖が、リーシアスが女であることに気付いてしまっていた。リュミエールとマルセルもなんとなく感じ取っていたが、黙っていた。まったく感づいていないのは、ランディとゼフェルだけである。皆が黙っているので、ロザリアはあちらこちらで感づかれてしまってるとは知らないでいた。いつ、どういう形で真実を知らせるかということを、しばしば考えてみたりもしたが、良い考えが浮かばないうちに時が流れていった。

 アンジェリークもまったく気が付いていないひとりである。相変わらず毎日リーシアスを訪問した。仕事を頼みに行くこともあったが、パイを焼いたから、とか、綺麗な花をみつけたから、とか言っては、おしゃべりして帰って行くことの方が多かった。そんなアンジェリークと話をするのは、リーシアスにとっても楽しかったし、毎日来るのは仕事熱心なためだと思っていた。女王候補がスムーズに育成を進める上には守護聖とのコミニュケーションも大切なのだと聞いている。他の守護聖のところにも毎日通っているものだと思っていたのだ。

 だから、その時もまったくなんの気なしにその話をランディにしたのだった。が、アンジェリークが毎日リーシアスのところに来てると聞いて、ランディの顔色が変わった。ちょうどリーシアスの部屋でお茶を飲みながら話をしていた時だった。
「毎日?アンジェリークは毎日ここへ来てるというのかい?」
少し声がうわずっている。ランディが何を気にしているのかわからず、リーシアスは怪訝そうに答えた。
「そうだよ、育成のお願いの他にも、お菓子や花を持ってきてくれたり…みなさんのことろへ来ているのじゃないのかい?」
 

 逆に質問すると、ランディは目をそらした。
「いや、少なくともおれのところに来るのは、週に1,2度だし、他の方のところへ行くのも聞いたわけじゃないけど、同じようなものだと思うよ。そうか、毎日か…」
 ランディは大きく息をついて、椅子に深く座り直した。
「そうだったんだ…」
声が淋しげである。それから、きっと顔を上げてリーシアスを見据えて言った。
「アンジェリークはおまえのことが好きなんだな。」

 急に予想もしてなかったことを言われ、リーシアスは驚いて、ランディの顔を見返した。ランディのまっすぐな瞳を見て、胸がきゅっとなるような痛みを感じる。何も語らなくても明らかだった。リーシアスにはわかってしまったのだ。心でつぶやく。
(そして君はアンジェを好きなんだね。わたしは、わたしは、そんなランディを………?)
 

  ランディが戻っていった後、私邸に帰ろうと廊下を歩いていたリーシアスは、本当に自分はランディを好きなんだろうかと考えていたので、オリヴィエがじっとこちらを見ながら待ち受けているのに気づかなかった。すぐそばまで行って声を掛けられて初めて気づく。
「はーい、リーシアス。どうしたの?なんか暗いわねー。」
実は…、などと言うわけにもいかないので、
「いえ、別にそんなことないです。」
と答えたが声に元気がない。そんな返事でオリヴィエが許すわけがない。
「ふうん。ねぇ、今度の日の曜日、暇ー?」
と聞いてくる。何かたくらんでいる表情だ。

 リーシアスは、日の曜日も特に用事がないときは執務室に来て、本を読んだり、パソコンでネットを楽しんでいた。自分の屋敷への土木工事は諦めて、執務室にパソコンを置き、ゼフェルにネット接続してもらったのである。たいがい、アンジェリークかランディかゼフェルがやってきて、外に引っ張りだされることになるのだが。今度の日の曜日も、特に予定があるわけではないので、
「特に予定はありません。」
と答えると、
「ならさ、ちょっと秘密のイベントがあるんで、うちに来られないかなぁ?」
とオリヴィエが言う。
「なんですか?」
リーシアスが問うが、いたずらっこのような顔で笑って、
「秘密って言ってるでしょぉ。来ての、お、た、の、し、み。どう、来ない?」
と言うだけだ。そんなオリヴィエを見ていたら、リーシアスはなんとなく心が軽くなるような気がした。
「わかりました。伺います。」
「わたしんちの場所はわかるぅ?」
「はい」
聖地のパトロールをするようになったので、すっかり地理は頭に入っている。
「それなら、朝から来てね。いい?秘密なんだから誰にも言っちゃだめだよー。」

 日の曜日の朝、リーシアスはオリヴィエに言われたとおり、誰にも行き先を告げずにオリヴィエの私邸を訪れた。
「待っていたのよ、子猫ちゃーん。」
朝からオリヴィエはなんだかハイテンションである。
(子猫ちゃん?)
リーシアスが驚いているのに、お構いなしに奥の部屋に連れていく。メイド姿の女性が5人、待機していた。なんだろう?と思っていると、いきなりその5人に取り囲まれて、手足を押さえられてしまう。そんなことは予想もしていなかったので、抵抗する間もなく動けなくなってしまった。

オリヴィエは、
「それじゃ、よろしく頼むわねー。わたしはあっちの部屋で待ってるから。」
と、そのメイド達に言うと、リーシアスが、
「オリヴィエさま、これはいったいどういうことなんですか?」
と言うのにも耳を貸さずにさっさと部屋を出てドアを閉めてしまった。オリヴィエが部屋を出ると、5人のメイドは行動を開始した。リーシアスの服を脱がせたのである。
「な、なにを……!」
しかし、さすがに5人がかりでは抵抗できない。しかも、相手はオリヴィエの使用人、やたらと乱暴なことをするわけにもいかない。ついに、守護聖の正装を脱がされて、代わりに淡いオレンジ色のワンピースを着せられた。膝より少し短めの丈のフレアースカートが揺れる。着せ終わると、メイドの1人がオリヴィエのいる部屋のドアを開け、声をかけた。
「お支度が終わりました。」

 待ってましたとばかりにオリヴィエが入ってくる。
(う、ばれる…)
リーシアスはついつい胸の前に両の腕を抱えるようなポーズになってしまった。が、オリヴィエが言った。
「あんたがほんとは女の子だってことは、とっくに知ってるのよ。」
(え?)
と驚いているリーシアスにはおかまいなしに、
「うん、なんとか、サマにはなったわね。あんたの守護聖の正装作ったデータ、もらってきてあつらえたドレスだからね、それは。それじゃ、次は、と」
とリーシアスを鏡の前に座らせると、髪にカーラーを巻きだした。大小のカーラーを器用に巻き付けていく。それからメイクである。意表をつかれた形のリーシアスは、抵抗する気力を失っていた。
「肌は素のままでじゅうぶん綺麗だからぁ…うーん、若いっていいわよねぇ。で、これはこっちの色の方がいいかしら。」
などなど、時々鼻歌もまじるほどご機嫌である。メイクが終わると、カーラーをはずして髪をセットする。ご丁寧にネールアートまでして、仕上げにアクセサリーである。
「でーきたっ、どう?」
 全身が映る鏡の前にリーシアスを立たせる。そこには、本人さえも見知らぬ他人ではないかと思うような可憐な少女がいた。驚いて声も出せない。
「我ながらいいできばえだわー。…じゃぁ、行きましょうかぁ。」
リーシアスの手を取り、歩き出した。
「オリヴィエさま、行きましょうって一体どこへ?」
「どこへ、って決まってるじゃない。こんなにおめかししたんだもの。もちろん、デ、エ、ト」
ウィンクしながらうれしそうに言う。
「デ、デートって、外に行くんですか!?こんな格好、誰かに見られたら…」
リーシアスはすっかりうろたえている。
「だぁいじょうぶだってぇ。誰もあんただなんてわからないから。ちゃんとわたしがフォローしてあげるし。さ、行こう。」
有無を言わせぬ感じである。リーシアスも観念して付いていくことにした。
(確かにこの姿は自分じゃないみたいだ。ちょっと面白いかも…?)

 が、数歩歩いてからオリヴィエが額に手を当てて言った。
「ちょっとぉ、その歩き方はなにぃ?軍服着てるんじゃないんだから、そんな大股で歩いたらだめじゃないー。歩き方の練習もしなきゃだめなのぉ?」
練習、というほどではないが、部屋を何往復か歩かされ、やっとオリヴィエのOKが出て、ふたりは外に出かけた。
 

第九章
(第八章 コメント)
 
むく 「オリヴィエさまの本領発揮、ですね。主人公の女装。」
オリヴィエさま 「女装って…。ほんとは女の子なんだから、女装とは言わないんじゃないぃ?」
むく 「それにしても、そんなに別人みたいになるものなんでしょうか?」
オリヴィエさま 「あらー、わたしの腕を疑っているのぉ?」
むく 「いえ、そういうわけじゃないんですが…(^_^;)話が嘘っぽくないかと…」
オリヴィエさま 「書いた本人が何言ってるのよ。わたしの腕を信じなさいって。」

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