悠久の果てに…(創作1byむく)

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第六章 最初の一週間

 
第六章
 火の曜日。昨日の、仕事初日は倒れて途中で帰ってきたリーシアスだが、翌日にはすっかり元気になって宮殿に向かった。自分の執務室の前まで行くと、扉の前にアンジェリークがうつむきがちに立っている。リーシアスの足音に気が付き、顔を上げて微笑みかけてきたが、すぐにまたうつむいてしまった。
「おはよう、アンジェリーク。今日はどうしたんだい?」
アンジェリークが顔を上げて、リーシアスを見た。その瞳にはうっすらと涙がにじんでいるようだ。
「あの、昨日リーシアスさまがお倒れになったってゼフェルさまに聞いたんです。わたしが無理なお仕事頼んだせいでしょうか?」
声もどことなく震えて泣き出しそうな感じである。
「なんだ、そんなことを気にしているのかい?確かにわたしは倒れたことになるのかもしれないけれど…」
ちょっと照れくさそうになって横を見たが、再びアンジェリークを見て続ける。
「君は君の務めを果たそうとしただけ。わたしはわたしの務めを果たそうとしただけ。誰かが悪い、とかいうような問題ではないよ。」
それを聞いてアンジェリークはちょっと安心したようだ。手にしたバスケットを胸の前に持ち上げて、言った。
「それで、ゼフェルさまが<あいつ栄養が足りてねーんじゃないか>とおっしゃっていたので…ミートパイを焼いてきたんですけど。」
「栄養?あはは、ゼフェルらしいなぁ。」
リーシアスに笑われて、アンジェリークは不安そうな表情になった。それに気がついたリーシアスはすかさずフォローする。
「あ、君のことを笑ったんではないよ。ミートパイは好きさ。こんな朝早くに作ってきてくれるなんて、大変だったろう?せっかく来てくれたんだからこんなとこで立ち話してないで、中でお茶でも飲もうよ。」

 リーシアスにしてみれば、アンジェリークは自分と同世代の女の子。そんな気安さからついつい親しみのこもった態度になる。アンジェリークが自分を男と思っていることは一応承知していたが、彼女の心の奥まで計り知ることはできなかったのである。
「今日は育成はいいのかな?」
執務室の中にしつらえてある簡単なテーブルセットで向かい合ってお茶を飲みながら、リーシアスがアンジェリークに尋ねた。
「はい、リーシアスさまが昨日たくさんお力を送ってくれたおかげで、今のところ地の力は満ち足りているようです。ありがとうございました。」
「それはよかった。また何かあったらいつでも言ってね。」
リーシアスが自分のことのように喜んでくれているので、アンジェリークもうれしくなったようだ。

 それから毎日のように、アンジェリークはリーシアスの執務室を訪れた。他の守護聖に育成を頼んだ帰りのようで、あまりゆっくりできない時もあったが、必ずやってきて、聖地のこと、他の守護聖のこと、教官のこと、そして、彼女自身のこと、リーシアスのこと、いろいろな話をしていく。リーシアスの方も、来たばかりでわからないことだらけなので、そういう話は大歓迎である。
「へぇ、守護聖どうしでも仲がいい人と悪い人がいるのかい。それは気を付けないといけないな。教えてくれてありがとう。」
とか、
「○○さまが××苦手なんて意外だな。」
とか、リーシアスが感心して聞いてくれるので、アンジェリークの話も弾むのだった。その週末には、リーシアスは、アンジェリークに対して<アンジェ>と呼びかけるほど、仲良くなっていた。

 この間に、リーシアスの執務室を毎日訪れた人物がもう一人いた。ゼフェルである。こちらは、リーシアス自身よりも、リーシアスの持参した文献が目当てである。リーシアスの執務室の続きには前任の代から専用の書庫が設けられている。執務室の中も壁際はすべて書棚といっていい。地の守護聖として必要な文献はそのまま残されていたが、ルヴァ個人の趣味で置いてあったものは、みな彼の屋敷の方に引き取られ、かなりのスペースが空いたので、リーシアスは自分の持参した文献をそこに収めた。そのほとんどが技術関係である。

 最近はおとなしく外界への無断外出を控えていたゼフェルにとっては、リーシアスが持ち込んだ最新技術情報は宝の山であった。晩餐会の席でその話をしたとき、リーシアスはゼフェルに、自由に読んでいいよ、とは言ったのだが、さすがのゼフェルとて、勝手に他人の部屋に入って黙って本を借りていく、なんてのはできない。必然的にリーシアスと話を交わすことになる。しかし、趣味が合うので、自然と話も弾んだ。

 「え?おめーパソコン持ってきてんのか?」
「うん」
「じゃ、ネットに繋いでやろうか?」
「え、ネットに繋げるの?」
「ああ、王立研究院にホストがあるから、外界のネットとも繋げるんだぜ。もっとも外と時間差のある時は同調取るのに、専用のソフトかませないといけないけどな。それもインストールしてやっからよ。」
「へぇ」
「問題は配線だよな。執務室のほうなら、おれのところまでもうケーブルきてるから、そっからここまでなら簡単なんだけど、おめーんちとなると、土木工事が必要かもな。無線ってぇ手もあるが…どっちがいいんだ?ここと家と。」
「ゼフェルはどっちに置いているの?」
「おれか?おれはもちろん両方だ。両方同じくれー使うからな。携帯端末も持ってるんだぜ、ほら。」
「聖地でそんなことができるとは知らなかったよ。すごいなぁ。無線の基地局はどこにあるんだい?」

 リーシアスが感心して話を聞いてくれるので、ゼフェルもつい多弁になってしまう。
「基地局は今のところ、王立研究院と、おれんちとおれの執務室だけ。でも、これだけあれば、だいたいの行動範囲カバーできてるからいいんだ。これがあれば、メールだってできるから、すっげー便利なのによ、年寄り連中は全然わかってくれないんだよなー。パソコンなんて触りたくねー、って感じだし、用事があるときは使者を寄越すしか能がないんだもんな。」
ゼフェルがあまりにも不満げに言うので、リーシアスが笑う。
「年寄り、って……。ははは、そうかもね。では、ゼフェルはそのメール、一体誰に使っているの?」
「今のところは、エルンストとか研究院の連中の何人か、だけだな。情報交換、ってやつだ。」

 そんな風に話をした後、ゼフェルはリーシアスの本を借りていく。借りていった本は1晩で読んでしまい、翌日返しに来てまた別のを借りていく時に話をする、というのがすっかり日課になったようだ。
(今までは他人と話をするなんて、うざってーことの方が多かったが、こいつと話をするのはおもしれー)
ゼフェルはそんな風に感じていた。

 毎日、というわけではないが、ランディもリーシアスの執務室をよく訪問した。最初に具合が悪くなったリーシアスを心配していたのだ。ランディだけではない。全ての守護聖が最初の1週間のうちに、最低1度はリーシアスの執務室を訪問した。他人にあまり興味を持たないクラヴィスでさえ、である。
 

 クラヴィスの場合は、水晶球によって真実を見抜いてしまったのである。リーシアスが女性であるという真実を。滅多なことには動揺しない彼ではあるが、再度リーシアスの姿を直接確認しに行かずにはいられなかった。どうということのない社交辞令的会話を交わしただけで、クラヴィスはジュリアスの執務室へ向かった。
「あれは、どういうことなのか……?」
いきなりそう言われても、なんのことかわからずジュリアスは問い返した。
「そなたは、なんのことを言っているのだ?」
「あの者だ。新しい地の守護聖…あれは…女ではないのか?」
突然指摘され、ジュリアスは手にしていた書類を置いて、机の前から立ち上がった。
「なぜ、それを?」
少し語気が荒くなっている。
「ふ、やはりおまえは知っておったか…ならば、よい。」
そのままクラヴィスが歩み去ろうとしたので、ジュリアスはそれを引き留め、
「待て、なぜ知っているのか聞いているのだぞ?」
とさらに問いつめた。クラヴィスの方は自分から訪問してきたのに、いささか迷惑といった面もちで、
「水晶球は真実しか映し出さぬ。どう装ってもわかるというものだ。」
と答えた。水晶球を持ち出されては、ジュリアスも返す言葉がない。それを見てクラヴィスはそのまま部屋を出ていこうとしたが、去り際に、
「良くないことが起こらねばいいが。」
と言い残していった。
  その言葉はジュリアスの心に暗い影を投げかけたのだった。それで気になって、リーシアスの執務室に出向いた。立て続けに目上の守護聖に訪問されて、リーシアスはやや緊張はしていたものの、その知的な眼差しはいささかも曇ることがない。クラヴィスの取り越し苦労であろう。ジュリアスはそう思い、体を気遣うことを言い残して、去った。
第七章
(第六章 コメント)
 
むく 「クラヴィスさまも、水晶球で主人公の性別を見抜かれたんですよね。さすがですねー。」
クラヴィスさま 「…」
むく 「…え、ええと、やはり女の守護聖なんて、縁起悪いというか…、変ですよね。(;^_^A アセアセ…」
クラヴィスさま 「…変だ。」
むく 「…。でもそれを言っちゃうと話が進まないし…(^_^;)ちょっと毛色の異なる話を書きたかったもので…」
クラヴィスさま 「…好きにするがよかろう。」
むく 「はいっ、そうさせていただきますっm(__)m」

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