リュミエールが去った後に、ランディが聞いた。
「ところで、剣はいつ頃からやっているんだい?」
この質問にリーシアスが首をひねった。
「うーん、いつ頃から、と言われても…物心ついたときから、もう剣を握っていた気がする。自分の身は自分で守れ、と言われて育てられたからね。」
比較的政情が安定していたリーシアスの故郷の星ではあったが、それでもよからぬことを企む輩は多く、刺客の類が後を絶たなかったので、王は子供達の身を案じ、厳しく育てていたのであった。驚いたのはランディである。
「え?剣で身を守らないとならない環境に育ったのかい?」
このとき、リーシアスは別のことを考えていた。自分で言った父の言葉に、父を懐かしく思い出し、まだ1週間も経ってないのにもうホームシックかと自虐的な気持ちになっていたのである。そのリーシアスの表情をランディは誤解した。
「あ、ごめん、言いたくないことは別に答えなくていいよ。」
過去の話はしたがらない守護聖が多いからだ。今度はリーシアスがあわてた。ランディの質問は、聞こえてはいたのだ。
「いや、別に言いたくないとかそんな大仰なことではないんだ。その通り、すでに何回か自分自身で身を守らねばならない目にあったことがあるし、命がかかっていれば、それだけ剣の稽古も熱心になるさ。」
そして、
「人を斬ったこともある。」
と静かに言った。暗い瞳だ。ランディが息をのむ。
「正当防衛と言うのだろう。斬らねばこちらが殺されていた。でも、いつ思い出してもとても嫌な気分だ。よかったよ、リュミエールさまがお帰りになっていて。こんな話はとてもあの方には聞かせられない…そうだろう?ランディ。」
口調はとても穏やかだったのに、底知れぬ迫力が感じられた。ただでさえ透き通るように白い顔の色が、ますます血の気の失せたようになっている。一瞬気をのまれたランディであったが、自分がそういう話を振ったためだという責任をおぼろに感じ、わざと明るく言った。
「そうだね。それにしても、そんな昔からやっているなら腕前もなかなかなものなんだろうね。おれも最近オスカーさまに稽古をつけてもらってるんだけど、少しも上達しないよ。こうやって、帯刀も許可されたけど、」
と自分の腰の剣を示し、
「これを本当に使えるかはわからないな。じゃぁ、試合楽しみにしてるからね。」
そう言って、部屋を出ていった。
試合は次の週の月の曜日の午後、宮殿の中庭で行われた。リュミエールを除く守護聖全員とティムカ、それにアンジェリークが見学に来ていた。もちろん女王陛下のそばにはロザリアも来ている。審判を務めるヴィクトールの
「時間無制限1本勝負、はじめ!」
の合図で試合が開始されたとき、そこに居合わせた全員がオスカーの圧倒的勝利で終わるものと思っていた。体格の差が歴然としている。いくら剣の腕が体格のみに左右されるものではないと思っても、身長189cmのオスカーに対して、リーシアスは頭一つ分以上低い。文字通り大人と子供の対決、である。
オスカー自身、簡単に勝てると思っていたので、最初から積極的に打ち込んで行った。時間をかけていたぶるのは彼の趣味ではない。ところが、試合が始まってみると、楽勝と思えた1本が取れないのである。オスカーの方が傍目に見ても優勢であったが、ここぞと思って打ち込んでもかわされる。何度となく場外すれすれまで追いつめるのだが、そのたびにかわされてしまう。パワーもスピードもオスカーの方が上なのに、身の軽さだけでリーシアスはしのいでいるようだ。しかし試合時間が長引いてくるにつれて、リーシアスの動きが重くなってきた。いくら日頃から鍛えているとはいえ、女の身である。しかも、聖地への赴任から間もないために神経的ストレスもあって、体力が落ちている。呼吸が荒くなり、かなり苦しそうである。
(あーあ、オスカーったら、女の子相手にムキにならなくてもいいのにねぇ。んー、でもあいつは、相手が女の子だって知らないんだから無理ないかぁ)
オリヴィエがそんな風に考えたが、当のオスカーも試合が長丁場になるとは思わずに最初から全力でとばしたために、かなりバテていた。肩で息をしている。打ち合わずに、互いに相手の隙をうかがうようににらみ合う場が多くなった。
「いい加減、やめたらー?」
ついにオリヴィエがそう言ったが、オスカーもリーシアスも剣を構えてにらみ合ったままである。同じように長引きすぎていると感じていたヴィクトールが女王を見た。女王もうなずく。
「そこまで!」
ヴィクトールの鋭い声がとぶと、初めて二人は剣をおろして鞘に納めた。リーシアスの方は、まだ肩で大きく息をしており、動けない。オスカーが、
「なかなかやるな、坊や」
と言いながら歩み寄り、握手のためにリーシアスの手を握った。その時、オスカーの顔色がかすかに変わった。
(う、こ、これは…)
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