悠久の果てに…(創作1byむく)

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第七章 御前試合

 
 オスカーの場合は、女性のことには抜け目ないはずなのに、リーシアスのことはまだまったく感づいていなかった。聖地の警護のことと、剣のことでリーシアスを訪問したのである。一緒に警護に当たるからには、実際の剣の腕前を知っておかなければならない。最初は軽く手合わせを、くらいに思っていたのに、噂が噂を呼び、結局は次の週に御前試合が行われることになってしまった。女王自身もリーシアスの剣の腕を見たくなったからだ。
 陛下の使者が御前試合の件を告げに来たときは、ちょうとリュミエールとランディがリーシアスの執務室に居合わせた。
「御前試合か。それならおれも見に行こう。リュミエールさまはいかがですか?」
ランディの問いに、リュミエールは少し悲しそうな表情で首を振った。
「わたくしは刃物は、その、好みませんので、ご遠慮させていただきたいと思います。お気を悪くしないでくださいね、リーシアス。」
リーシアスが何か答えるより先にランディが言った。
「でも、リュミエールさま、刃物といっても試合では本物は使わないし、一種のスポーツ…」
そんなランディの言葉をリーシアスは途中で遮った。
「いいんだよ、ランディ。リュミエールさまのおっしゃることはもっともだ。剣など必要ないことのほうが、本当は一番いいんだ。」
リュミエールが微笑んだ。
「あなたのその言葉を聞いて、安心しましたよ、リーシアス。それでは、わたくしはこれで失礼しますね。」
  リュミエールが去った後に、ランディが聞いた。
「ところで、剣はいつ頃からやっているんだい?」
この質問にリーシアスが首をひねった。
「うーん、いつ頃から、と言われても…物心ついたときから、もう剣を握っていた気がする。自分の身は自分で守れ、と言われて育てられたからね。」
比較的政情が安定していたリーシアスの故郷の星ではあったが、それでもよからぬことを企む輩は多く、刺客の類が後を絶たなかったので、王は子供達の身を案じ、厳しく育てていたのであった。驚いたのはランディである。
「え?剣で身を守らないとならない環境に育ったのかい?」
このとき、リーシアスは別のことを考えていた。自分で言った父の言葉に、父を懐かしく思い出し、まだ1週間も経ってないのにもうホームシックかと自虐的な気持ちになっていたのである。そのリーシアスの表情をランディは誤解した。
「あ、ごめん、言いたくないことは別に答えなくていいよ。」
過去の話はしたがらない守護聖が多いからだ。今度はリーシアスがあわてた。ランディの質問は、聞こえてはいたのだ。
「いや、別に言いたくないとかそんな大仰なことではないんだ。その通り、すでに何回か自分自身で身を守らねばならない目にあったことがあるし、命がかかっていれば、それだけ剣の稽古も熱心になるさ。」
そして、
「人を斬ったこともある。」
と静かに言った。暗い瞳だ。ランディが息をのむ。

 「正当防衛と言うのだろう。斬らねばこちらが殺されていた。でも、いつ思い出してもとても嫌な気分だ。よかったよ、リュミエールさまがお帰りになっていて。こんな話はとてもあの方には聞かせられない…そうだろう?ランディ。」
口調はとても穏やかだったのに、底知れぬ迫力が感じられた。ただでさえ透き通るように白い顔の色が、ますます血の気の失せたようになっている。一瞬気をのまれたランディであったが、自分がそういう話を振ったためだという責任をおぼろに感じ、わざと明るく言った。
「そうだね。それにしても、そんな昔からやっているなら腕前もなかなかなものなんだろうね。おれも最近オスカーさまに稽古をつけてもらってるんだけど、少しも上達しないよ。こうやって、帯刀も許可されたけど、」
と自分の腰の剣を示し、
「これを本当に使えるかはわからないな。じゃぁ、試合楽しみにしてるからね。」
そう言って、部屋を出ていった。

 試合は次の週の月の曜日の午後、宮殿の中庭で行われた。リュミエールを除く守護聖全員とティムカ、それにアンジェリークが見学に来ていた。もちろん女王陛下のそばにはロザリアも来ている。審判を務めるヴィクトールの
「時間無制限1本勝負、はじめ!」
の合図で試合が開始されたとき、そこに居合わせた全員がオスカーの圧倒的勝利で終わるものと思っていた。体格の差が歴然としている。いくら剣の腕が体格のみに左右されるものではないと思っても、身長189cmのオスカーに対して、リーシアスは頭一つ分以上低い。文字通り大人と子供の対決、である。

 オスカー自身、簡単に勝てると思っていたので、最初から積極的に打ち込んで行った。時間をかけていたぶるのは彼の趣味ではない。ところが、試合が始まってみると、楽勝と思えた1本が取れないのである。オスカーの方が傍目に見ても優勢であったが、ここぞと思って打ち込んでもかわされる。何度となく場外すれすれまで追いつめるのだが、そのたびにかわされてしまう。パワーもスピードもオスカーの方が上なのに、身の軽さだけでリーシアスはしのいでいるようだ。しかし試合時間が長引いてくるにつれて、リーシアスの動きが重くなってきた。いくら日頃から鍛えているとはいえ、女の身である。しかも、聖地への赴任から間もないために神経的ストレスもあって、体力が落ちている。呼吸が荒くなり、かなり苦しそうである。

 (あーあ、オスカーったら、女の子相手にムキにならなくてもいいのにねぇ。んー、でもあいつは、相手が女の子だって知らないんだから無理ないかぁ)
オリヴィエがそんな風に考えたが、当のオスカーも試合が長丁場になるとは思わずに最初から全力でとばしたために、かなりバテていた。肩で息をしている。打ち合わずに、互いに相手の隙をうかがうようににらみ合う場が多くなった。

「いい加減、やめたらー?」
ついにオリヴィエがそう言ったが、オスカーもリーシアスも剣を構えてにらみ合ったままである。同じように長引きすぎていると感じていたヴィクトールが女王を見た。女王もうなずく。
「そこまで!」
ヴィクトールの鋭い声がとぶと、初めて二人は剣をおろして鞘に納めた。リーシアスの方は、まだ肩で大きく息をしており、動けない。オスカーが、
「なかなかやるな、坊や」
と言いながら歩み寄り、握手のためにリーシアスの手を握った。その時、オスカーの顔色がかすかに変わった。
(う、こ、これは…)
 

 女性の手は握り慣れている彼である。少年の手を握り慣れているわけではなかったが、今、自分が握った手が、男のものとは到底思えなかった。握手した手はそのままで、さらに反対の手でリーシアスの腕を握る。ちょっと力を込めたら折れそうなほどに細い。
(これが男の手であるはずがない)

 一方、リーシアスは驚いた。自分の右手を両手で握りしめて凝視しているオスカーの顔を見て、おそるおそる
「あの、オスカーさま…?」
まだ呼吸が苦しかったので、やっとそれだけ言った。そう言われても、オスカーは手をはなさず、そのままリーシアスの顔を見た。上気した頬はバラ色で、汗に濡れた髪が額にかかり、日差しにきらめいている。思わず、その美しさにみとれてしまった。
 

「なにやってんだー、オスカーのやつ。」
ゼフェルが不審そうに言ったが、その声も届いてないようだ。そこへ、
「オスカー、リーシアス、おつかれさま。」
と女王陛下の声がかかったので、さすがにオスカーも我に返った。はっとして、リーシアスの手を離すと、
「失礼」
と小声で言い、女王のほうへ歩み寄る。リーシアスも並んで女王の前に立つ。しかし女王のねぎらいの言葉もオスカーはほとんど上の空だった。隣にいるリーシアスが気になる。
(地のサクリアは本物だ。一体どういうことなんだ…?おれの思い違いか?いや、しかし…)
考えが同じところをめぐって止まらない。リーシアスの顔を見たくなるが、それはこらえた。

 女王陛下の言葉が終わって退出してしまうと、ランディとゼフェルが走り寄ってきた。
「おめー、すげーな。」
ゼフェルは自分のことのようにうれしそうだ。何かにつけ自分を子供扱いするオスカーには日頃から不満があったのだが、その彼が思うようにいかなかったことが、うれしいらしい。ランディも、
「オスカーさまと引き分けなんて、やっぱりすごいよ。」
と言ったが、リーシアスは首を振った。
「引き分けなんかじゃないよ。かわすのだけで精一杯だった。オリヴィエさまが止めて下さったときは、もう足がふらふらで1歩も動ける状態じゃなかったし。私の負けだ。実戦だったら、あの次の瞬間には殺られていた。まだまだ、だな。」
ちょっと悔しそうだ。

「おめー、体力はなさそうだもんな、細っこいし。」
そうゼフェルが言ったので、リーシアスは思い出して言った。
「そうえいば、ゼフェル、きみ、アンジェにわたしが栄養失調だ、なんて言っただろ?」
少し離れたところで3人の話を聞くともなしに聞いていたアンジェリークは、突然リーシアスが自分の名を口にしたので、目を丸くした。ゼフェルがそんなアンジェリークを見て、
「おめー、言いつけたな。」
と荒い口調とは裏腹に、笑顔で言った後、
「でも、本当のことだろ。晩餐会の時だって、ピクニックの時だって、あんまりたくさん食いもん食ってなかったし。」
とリーシアスに言った。ランディが口をはさむ。
「ろくなものを食べてないのは、おまえだろう?よく、カロリーなんとかで、食事をすませちゃっているじゃないか。ねぇ、アンジェリーク」
「あれは、栄養はちゃんと足りてんだ。余計なお世話だ。」
ゼフェルも応じる。アンジェリークも加わって、4人で楽しく話をしているようにみえる。そんな様子をオスカーがしばらく見ていたが、黙って立ち去った。
(今はおれひとりの胸の内に留めておくことにするか)
 

第八章(準備中)
(第七章 コメント)
 
オスカーさま 「よう、お嬢ちゃん。何を悩んでいるんだ?」
むく 「わ、わたしも<お嬢ちゃん>ですか?」
オスカーさま 「………。ちょっと無理があるけど、ま、いいだろう。」
むく 「無理だらけと思うんですけど、気をとりなおして、と。勉強不足で、<剣の試合>と言ってもさっぱりわからないんですよ。フェンシングなどとはまた違うようですし。」
オスカーさま 「そうだな。でも、細かいことは何も書いてないから、間違っている、とも言いにくいな。」
むく 「はい。誤魔化しました。誤魔化されて下さいm(__)m」

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