悠久の果てに…(創作1byむく)

とっぷに戻る

 
第五章 初仕事 

 
 翌、月の曜日。リーシアスは前日に言われていたとおり、宮殿にある地の守護聖の執務室に行った。前任の地の守護聖・ルヴァはすでに来ていた。そして、午前中は、こまごまとした引継を行い、誘われるままに昼食もご一緒し、いよいよ午後からはひとりで仕事、と執務机の前に座ったリーシアスの元に、そうそうにアンジェリークが訪ねてきた。
「リーシアスさま。早速で申し訳ないんですが、育成をお願いしてよろしいでしょうか?」

 アンジェリークが余りにも遠慮がちな様子なので、気の毒に感じたリーシアスは、これ以上はないというくらいの笑顔を彼女に向け、
「大丈夫だよ、アンジェリーク。ルヴァさまも大事な試験中にこんな状況で申し訳ないと気にされていたし。それで、どれくらい力を送ればいいのかな?」
と返答した。初仕事であるが、重要なポイントは押さえている。
「はい、しばらく地の力を送るのが途絶えてしまっていたので、たくさんお願いします。」

 安心したアンジェリークは元気に答えると、手に持っていたバスケットの中から小さな鉢植えの花を1つ取り出して、リーシアスに差し出した。
「それから、これは、わたしが育てたんです。」
「可愛い花だね。わたしにくれるの?どうもありがとう。」
そう言いながら、受け取るときにリーシアスの指がアンジェリークの指に触れたので、アンジェリークが、ぴくっとし、頬がさっと赤くなった。だが、リーシアスの方は全然そんなことに気付いてない。
「日当たりのいいところに置いた方がいいのかな?」
そう言って、鉢を持ったまま立ち上がり窓辺に歩み寄った。午後の日差しがレースのカーテンを通して柔らかに差し込んでおり、リーシアスの黄金色の髪が波打つようにきらめいた。
 アンジェリークはそんなリーシアスに見とれていたので、
「アンジェリーク?どうしたの?」
と言われて、とびあがるほど驚き、お辞儀をすると
「失礼します!」
と言って勢いよく部屋を出て行こうとした。ところが、ちょうどランディがリーシアスを訪ねてきて、まさにドアにノックをしようとしていたところだったのだ。いきなり内側から開いたドアをランディはかろうじてよけたが、跳び出してきたアンジェリークをよけることはできず、胸に頭突きをくらう形になった。

 「う…、あ、アンジェ…大丈夫かい?」
誰が見てもダメージはランディのほうが大きいという感じだったが、ランディはアンジェリークを気遣って声をかけた。だが、アンジェリークはランディの顔を見た後再び頭を下げ、
「ランディさま、ごめんなさい。」
とだけ言うと、足早に歩み去った。

 「アンジェリークはどうしちゃったんだい?」
彼女の去るのを見送った後、ドアを閉めながらランディがリーシアスに尋ねた。
「それが、わたしにもよくわからないんだ。彼女は育成のお願いに来たんだけど…」
リーシアスが答えると、ランディはここへ訪ねてきた用件を思い出した。
「あ、やっぱり、育成頼まれたんだね。今から星の間に行くのかい?」
「今?あ、えっと、忘れるといけないので、早めに済ませておこうかとは思っているけど。」
「そうかい。では、今行こう。一緒に行くよ。」
ランディの言葉が意外だったので、リーシアスは首を傾げて、
「星の間の場所は教えてもらったけど?」
と問い返したが、ランディが
「いいから、いいから、さぁ、行こう。」
と、にこやかに言うので、とにりあえず一緒に出かけることにした。

 星の間に着くと、扉の前で
「それじゃ、おれはここで待ってるからね。」
とランディが言った。リーシアスにしてみれば、なんのためにランディが付いていてきたのかわからなかったが、扉を開け、星の間に入った。中へ入るのは初めてである。入った途端に、圧倒された。宇宙空間に溢れるさまざまなエネルギーが凝集され押し寄せてくる。無重力空間に浮いているようで、底のない空間に果てしなく落ちていくような気さえする。そして、心の中に数え切れないほど多くの声なき声が響き渡る…全宇宙の生あるものの叫びに満ち満ちているのだ。

 サクリアの送り方は、誰に説明されるともなく、力に目覚めたときから感じ取っている。送る先だけは間違えないようにと、アンジェリークの育成中の聖獣アルフォンシアに慎重にしかしたくさんの地のサクリアを注ぐ。新しい惑星がひとつ、誕生した…
 

 初めての慣れない作業で、リーシアスは予想以上に疲れた。重くなった体を引きずるような気持ちで扉にたどり着き、ホールに出ようとした途端、明るさの差に目がくらみ、再び無重力感を感じた…と思ったら、ランディの腕の中に倒れ込んでいた。
「大丈夫かい?」
ランディが心配そうにリーシアスの顔をのぞき込んだ。
「あ…」
大丈夫、と言いたかったのだが、声にならない。実際はあまり大丈夫ではないようだ。そんな様子をみて、ランディが言った。
「心配させちゃいけないと思って言わなかったんだけど、最初はみな気分が悪くなるようだよ。おれも同じように倒れて…あの時はルヴァさまがいてくれたんだ。」
リーシアスを安心させるように、と穏やかに微笑みかけるその笑顔を見て、リーシアスの気分も落ち着いてきた。そうか、わかっていてついてきてくれたんだ。ランディの優しさにうれしくなった。
 「ありがとう、ランディ。優しいんだね。」
やっと声を出せたのでランディの腕から身を起こしながら言うと、ランディは照れて言った。
「いやぁ、これがゼフェルなんかだと、兄貴風ふかせて余計なことしやがって、とか怒るところなんだけど。あいつ、素直じゃないから…」

「だーれが素直じゃないって?」
唐突にそのゼフェル本人の声がした。柱の影にいたらしい。
「ゼ、ゼフェル!なんでここに?」
まったく予想してなかったので、ランディが驚いて言うと、
「別に。たまたま通りかかっただけだよ。じゃーな。」
と言い残して、行ってしまった。本当はゼフェルも、リーシアスが星の間方面へ向かうのを見かけ、心配して様子を見に来たのだが、そんなことを言うはずがない。たまたま通りかかったりするはずがないのはわかっているので、ランディもゼフェルの胸中がわかり、
「ほらな、素直じゃないだろ?」
と、まだゼフェルの後ろ姿が見えているので、リーシアスの耳に顔を寄せて小さな声でささやきかけ、くすっと笑った。
 どきっ。ランディの息が耳にかかり、リーシアスの胸の鼓動が高鳴った。これにはリーシアス自身がとまどった。
(あれ?)
そんなこととは知らないランディは、リーシアスが何も言わずに黙っているのを、まだ気分が悪いのだと思いこみ、
「今日は帰ったほうがいいんじゃないのかい?」
と言った。仕事初日なのに、と思ったリーシアスが、
「いや、大丈夫だよ。」
と答えると、今度はジュリアスの声がした。
「まだ、顔色が悪い。今日のところは屋敷に帰って休んだ方が良いだろう。」
ジュリアスも心配して様子を見に来ていたのである。
「ランディ。送って行くように。」
「はい、ジュリアスさま。」
ジュリアスに答えると、ランディはリーシアスに向かって、
「肩を貸すよ、さあ行こう。」
と言った。
「だ、大丈夫だよ。自分で歩ける。」
まだどぎまぎしているリーシアスが言うと、
「まだ足もとふらついているじゃないか、遠慮することないよ。それにおまえ軽いから、ちっとも大変じゃないさ。」
と、さっき倒れかかったリーシアスを受け止めたときの印象を思い出してランディが答えた。
「それでは、失礼します。ジュリアスさま。」
二人を見守っていたジュリアスに挨拶すると、さっさとリーシアスを脇からかかえるようにして、ランディは歩き出した。

 途中で、ランディがふと気付いて言った。
「上着を着てると、余計苦しいんじゃないかい?」
これには、リーシアスがぎくっとなった。上着を脱ぐわけにはいかない。というのも、女性としてはプロポーションがいいとはお世辞にも言えないリーシアスなので、上着の前を閉めて着ていればちょっと華奢な少年、でも通るが、さすがに上着を脱いだら女だとわかってしまうからだ。が、今リーシアスが着ている守護聖の正装として与えられた上着は詰め襟で首元まできっちり閉められているので、どう見ても病人にはつらそうだ。何にも知らないランディは親切にもリーシアスの首元のホックに手をかけようとした。あわてたリーシアスは思わずその手をはねのけた。

 「あ、ごめん。上着は着たままで、いいんだ。」
ランディが驚いているので、気を悪くしたんじゃないかと心配したリーシアスが謝った。ランディは一瞬驚いたもののすぐに元の笑顔に戻り、特に気にとめた様子でもなかったが、屋敷の玄関まで送っての別れ際に言った。
「なんか本当に弟ができたみたいでさ、ついつい世話をやきたくなっちゃうんだ。あはは、お節介だったらごめんな。」
その屈託のない笑顔に、思わず笑い返して、
「いや、ありがとう、ランディ。」
と礼を言ったリーシアスではあったが、ランディの後ろ姿を見送りながら、「弟」という言葉にやり場のない悲しみを感じていることに気がついた。そして、同時にそんな自分にとまどいも感じているのだった。

第六章
(第五章 コメント)
 
むく 「星の間の描写と、初仕事で気分が悪くなる、というのはまったっくのでっち上げです。」
ランディさま 「そうだと思った。おれも初耳だったから。」
むく 「どうしても、主人公に具合悪くなってもらいたかったものでして…。お世話かけました。」
ランディさま 「いいえ、どういたしまして。」
むく 「それから、執務室ってイキナリ廊下から部屋、じゃなくて、控えの間とかがああってもよさそうだけど、無視してしまいましたので、よろしく。所詮庶民には宮殿の描写なんかできないんですぅ。」

とっぷに戻る