「聖地内の説明はだいたい終わったので、あなたに使ってもらう館に案内しましょう。本来なら前任の守護聖が使っていたものをそのまま使ってもらうのですが、今回はルヴァが聖地を去らずにそのまま残ります。あなたにはわたくしが住んでいた館を使ってもらうことになりました。」
ロザリアの説明に、
「それでは、ロザリアさまはどうなさるのですか?」
とリーシアスが問うと、ロザリアはぽっと頬を赤らめた。
「わたくしは今ルヴァの館に住んでいます。今夜の晩餐会で皆にも知らせますが、わたくしたち…結婚したのです。」
「それは、おめでとうございます。」
リーシアスは心の底から喜んで言った。聖地、といえばあまりにも人間離れした高貴なイメージのもの、と思っていたのに、恋愛もあれば結婚もある、その事実が心を明るくしたのである。前任の地の守護聖の温厚そうな笑顔が脳裏に浮かんだ。
(そうか、あのおかたとロザリアさまが…)
「末永くお幸せに。」
「どうもありがとう。その話はさておき、もともとわたくしが使っていた館なので、わたくしが案内しますね。使用人もそのままですし。」
館内の案内が済むと、晩餐会の時刻に迎えを寄越すと言い残し、ロザリアは宮殿へ戻って行った。
ロザリアが去ると、リーシアスは、ひとりで庭を散策することにした。聖地に到着してからずっと慌ただしかったので、少し落ち着いて気持ちの整理をしたかったのだ。
館の裏庭には林が続いていた。その間の小道をまっすぐ歩いていくと裏門に通じており、柵の外にもまだ林と小道がが続いているが、門扉には鍵がかかっていた。それに、ひとりで外へ出かけて迷子になってもいけないし、と、リーシアスは柵に沿って林の中を歩き出した。
物思いに耽って歩いていると、突然上の方でカサカサッと音がし、木立の間から、何か小さな物が地面に落ちて転がった。
「小鳥?」
確かに、見た目は小鳥のようだが、地面に転がった後はぴくりとも動かない。
「死んじゃったのかな?」
しばらく眺めていたが、動き出す気配がないので、リーシアスは近寄ってその小鳥のようなものをそっと拾い上げた。その瞬間、ガサガサガサと先ほどよりずっと大きな音がして、
「うわ〜っ、どけっっっっっ!!」
という叫び声と共に、今度は人が降ってきた。あわや大激突!の寸前にリーシアスがかろうじて身をかわしたが、それでも降ってきた人間の勢いで、ふたりはもつれ合うように転がった。
「つぅ、いってー」
腰をさすりながら身を起こしたのは、ゼフェルだった。
「わりーな、こんなとこに人がいると思わなかったんでよ。あれ?おめーは、たしか…」
ゼフェルがちょっとつまったので、
「リーシアス、です。ゼフェルさま」
と、こちらも立ち上がり、自分から名乗った。
「そうそう、リーシアス。でも、なんでこんなとこに?ここはロザリアんちの庭だぜ?」
「ロザリアさまはお引っ越しされました。今日から私がここに住むようにとのことです。」
「引っ越した、だぁ?いってー、どこに…」
とゼフェルが言いかけたときに、リーシアスが叫んだ。
「あ、ゼフェルさま!お顔から血が…」
ゼフェルがはっと自分の頬に手をやると、確かに血が付いた。が、そのまま泥だらけの手で拭こうとするのをリーシアスがさっと押さえた。
「いけません。これでお拭きになって下さい。ゼフェルさま」
そう言って自分のハンカチを差し出したので、ゼフェルは一瞬躊躇したが、それを受け取って顔を拭いた。ハンカチを出す時、リーシアスはさっき拾った小鳥のようなものを自分がまだ手に持ったままだったのに気付き、しげしげと眺めた。見た目は小鳥そのものなのに、冷たい金属の感触。ゼフェルが言った。
「それ、おれが作ったんだ。マルセルのやつがコントロール失敗して、落ちちまったけどよ、ちゃんと飛ぶんだぜ。」
リーシアスが明らかに感心したという表情で、
「これを、ゼフェルさまが?すごいですね。」
と言ったので、ゼフェルの機嫌がよくなった。にこにこして言う。
「さっきは、悪かったな。その…、挨拶の途中で出て来ちゃってよ。ところで、そのゼフェルさま、っつうのなんとかなんねー?やたら丁寧な話し方も、なんか落ち着かねーんだよな。おれたち、同じ位の歳だろ、だから…」
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