精神科薬物療法についての基礎知識
1.はじめに
精神科で使用される薬物は、一般に「向精神薬」と呼ばれるものが中心です。この「向精神薬
psychotropics」とは、精神に作用する薬という意味です。これには大きく分けて以下のような種類の薬剤が含まれます。
●抗精神病薬(メジャー・トランキライザー)
●抗うつ薬
●気分調整薬(気分安定薬)
●抗不安薬(マイナー・トランキライザー)および睡眠鎮静剤
●その他の薬剤
同じ向精神薬を使用する主な目的で分けていくと以下のようになります。
●幻覚、妄想、思路障害、「考えすぎ」などの傾向を抑える目的
→抗精神病薬など
●抑うつ症状を軽減する目的
→抗うつ薬、少量の抗精神病薬、気分調整薬
●不安症状、イライラ、焦燥感を抑える目的
→抗不安薬、気分調整薬、抗うつ薬、少量の抗精神病薬
●気分の波、躁うつ病を抑え予防する目的
→気分調整薬、抗精神病薬
●衝動性、暴力性、自傷行為などを抑える目的
→抗うつ薬、気分調整薬、少量の抗精神病薬
●鎮静・睡眠を促す目的
→抗不安薬、睡眠導入薬、低力価の抗精神病薬
見ていただいてお分かりのように、精神科の薬は薬剤の「適応」にあげられている特定の疾患に対してのみ使用されるものではありません。ここでは、精神科
の薬が実際にはどのように使用されており、どのような作用、副作用、注意点などがあるかを簡単にご説明します。
2.抗精神病薬(メジャー・トランキライザー)
antipsychotics
抗精神病薬とは、その名前の通り、主として精神病症状(幻覚、妄想、「考えすぎ」など)に対してこれを抑えることを目的に使用される薬剤です。この種類
の薬剤は、基本的に脳内のドーパミン系を遮断することを主な作用として持っています。精神病症状として、しばしば「陽性症状」と呼ばれる幻覚、妄想、「考
えすぎ」による思路の障害などは脳内の中脳-辺縁系のドーパミン系の過活動によるものと考えられて
います。これを遮断することによって、それらの症状を抑えていくことができていると考えられています。
抗精神病薬には、大きくわけて、(1)低力価群、(2)高力価群、(3)第2世代(非定型)、があります。この分類によって、主には副作
用の種類と強さが違ってくると考えてほぼ間違いありません。「力価」とは、簡単に言うと、どれだけ効果的にドーパミン系を遮断できるか、ということを意味
します。高力価の薬は少量で非常に効果的にドーパミン系を遮断できるので、通常数ミリグラムから十数ミリグラムで幻覚・妄想などの陽性症状に対して十分な
効果が得られることが期待できます。また低力価の薬剤にありがちな、ドーパミン以外のその他のレセプター(ヒスタミン系、アセチルコリン系、交感神経系)
を遮断することによって生じるさまざまな副作用が少ないことが特徴であります。しかし、一方でパーキンソン症状やジストニアなどの錐体外路症状が生じやす
いことでも知られています。これに対して低力価の薬剤はドーパミン系への選択性が低いために幻覚・妄想などの症状を有効に抑えるためには通常数百ミリグラ
ムもの用量が必要になってきます。またドーパミン系以外のレセプター(ヒスタミン系、アセチルコリン系、交感神経系)をも遮断してしまうために、さまざま
な副作用が生じがちです。これらに加えて、近年開発されてきた「第2世代」を呼ばれる抗精神病薬は、低力価の薬剤にありがちであった副作用が少なく、また
高力価の薬剤にありがちであった錐体外路症状の副作用もすくなく、そういった意味では非常に使いやすくなった薬剤です。
抗精神病薬は、我が国での保険適応は「統合失調症」ということになっている薬剤がほとんどです。しかし、事実上すべての精神疾患に見られ
る精神病性の症状(「陽性症状」)に対して有効性があることが分かっています。また「精神病」というレベルにまでいかなくても、「考えすぎ」による気分の
不安定さや情緒不安定などに対しても有効でありそうなことも分かっています。気分障害である躁病症状を抑える作用(抗躁作用)、チックを抑える作用、精神
遅滞における衝動性や問題行動を抑える作用、などもあります。また、低力価群は副作用としての鎮静(眠気)が強いことが多いために、この副作用を逆手に
とって催眠鎮静剤として使用されることもあります。
(1)低力価群(クロルプロマジン、レボメプロマジン、など)
低力価群の抗精神病薬には、クロルプロマジン(コントミン)、レボメプロマジン(レボトミン、ソフミン)、チオリダジン(メレリル)などがあります。こ
れら低力価の薬剤は、十分な抗精神病作用を期待するためには、通常数百mgもの用量が必要になります。ドーパミン系への選択性が低く、ヒスタミン、ア
セチルコリン、交感神経系などにも作用してしまうために、以下のような副作用が多いことも特徴です。
●抗ヒスタミン作用:眠気、だるさ、など
●抗コリン作用:口渇、便秘、かすみ目、性機能障害、など
●アルファ遮断作用:起立性低血圧、逆行性射精、など
こうした副作用上の問題があるために、低力価の抗精神病薬を抗精神病作用を期待しての主剤として使用することはあまり多くはありません。それよりもむし
ろ、その鎮静作用を期待し鎮静剤として、あるいは睡眠を補助するための薬剤として使用することが多いでしょう。なお、低力価群は副作用でもある抗コリン作
用のために錐体外路症状は表れにくくなっており、抗コリン剤と併用しなくても大丈夫なことが多いという利点はあります。
さらに、チオリダジン(メレリル)はQTc延長という副作用もあり、最近では積極的に使われること
は少なくなっています。
その他の副作用として、以下のものは低力価でも、高力価でも、さらに第2世代でも問題になるものとしてあります。
●代謝系、ホルモン系への影響:下垂体からのプロラクチンの分泌を抑えているドーパミン系をブロックするために、高プロラクチン血症が起こることがありま
す。このため月経不順、乳汁分泌、性欲低下などの副作用が生じることがあります。臨床的にはスルピリド、リスペリドン、などで経験されることが多いです
が、ほとんどすべての抗精神病薬で生じる可能性のある副作用です。また肥満傾向を生じやすいという副作用もあります。肥満になることに関連し、糖尿病や高
脂血症のリスクも上がります。この副作用は近年第2世代の薬剤についてだけ話題になることが多いものですが、事実上すべての薬剤にこの副作用は起こりうる
ものです。ただし、その傾向の強さについては薬剤によって違いがあり、特にクロザピン(日本では未発売)、オランザピン(ジプレキサ)にその傾向が強く、
ハロペリドール、リスペリドン、アリピプラゾールなどはその傾向が弱いという研究結果が出ています。(ただ米国のFDAが第2世代抗精神病薬を一緒くたに
して糖尿病注意を出してしまい、日本の厚生労働省もそのまま糖尿病注意を出してしまっているため、本来であれば糖尿病のリスクにはほとんど関係ないとこれ
までの研究で示唆されているアリピプラゾールまで糖尿病注意がついており、添付文書にもそのように書かれてしまっているため、時々調剤薬局などでは見当違
いの説明がされることがあります。)
(2)高力価群(ハロペリドール、フルフェナジン、など)
高力価群の抗精神病薬には、ハロペリドール(リントン、レモナミン)、フルフェナジン(フルメジン)、ブロムペリドール(インプロメン)などがありま
す。高力価の薬剤はドーパミン遮断作用の選択性が比較的高く、数mg〜十数mgという用量で十分な抗精神病作用を発揮し、抗コリン作用、アルファ遮
断作用、抗ヒスタミン作用などが少なく、このため低力価群で目だって出てきてしまう上記のような副作用が圧倒的にすくないため、第2世代の抗精神病薬が出
てくるまでは抗精神病作用を期待して使用する薬剤としては主力となっていました。しかし錐体外路症状が比較的でやすいという大きな問題があります。このた
め極めて少量で使う場合以外は、抗コリン剤と併用されることが多いことになります。
錐体外路症状としては、以下のようなものがあります。
●薬剤性パーキンソニズム:手指の細かい振戦、全身の動きの硬さ、小刻み歩行、など
●ジスキネジア:大量の高力価群を長年使用している患者に見られることが多いが口唇のモグモグする
ような不随
意運動。
●ジストニア:急に筋肉が引きつるものであり、頚部から顔面、眼球運動に多い。特に眼球は上転することが多
く、「眼球上転発作 occulomotor crisis」と呼ばれています。
●アカシジア:日本語では静座不能とも呼ばれ、主に下半身のむずむずした落ち着かない感じになること
で知られて
います。これは統合失調症などで見られる精神病性の「もやもやした不安」などと区別が難しいこともあり、またunderdiagnosisさ
れがちであると言われていますが、患者にとってみると非常に不快な症状であり、さらに自殺行動との関連性も指摘されており、できるだけしっかり見つけて対
処する必要のある副作用です。
これらの錐体外路症状の大部分は抗コリン剤の併用で軽減されることが多いです。アカシジアに対してはβブロッカー(インデラル)やベンゾジアゼピンなど
が使用されることもあります。
通常、抗精神病薬を十分量使用しても抗精神病作用が出てくるまで2週間程度はかかります。(鎮静作用やその他の副作用はすぐに出てきますが。)その間は
焦
らずゆっくりと効果を見ていく忍耐力が必要です。
(3)第2世代(リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、など)
前述のように高力価抗精神病薬は幻覚妄想などの抗精神病作用が非常にすぐれてはいるのですが、錐体外路症状が起こりやすく、また陰性症状にはほとんど全
く効果が無いばかりか薬剤性の二次性陰性症状を生じてしまう傾向があるところが難点でした。こうした欠点を改善したのが、第2世代の抗精神病薬です。第2
世代抗精神病薬がどうして錐体外路症状が少なく、また陰性症状にも効果がある可能性があるのか?といったことには不明な点が多いです。しかしどれもドーパ
ミン系だけでなく、セロトニン系をもブロックする作用がある点で共通しています。どれも圧倒的に錐体外路症状が少ないこと、鎮静作用が少なく精神的にも身
体的にもだるい感じになりにくいこと、低力価群にあるような副作用もほとんどないこと、などの利点で共通しています。ただし、クエチアピン(セロクエル)
は鎮静作用がか
なり強くありますし、オランザピン(ジプレキサ)は抗コリン作用が結構あります。
クエチアピンやアリピプラゾール(エビリファイ)についてはプラセボと比較してもほとんど錐体外路症状の出現率が変わらないほどに錐体外路症状が出にく
いのですが、オランザピンもリスペリ
ドン(リスパダール)も用量をあげていくと幾分かは錐体外路症状が出てくる可能性が出てきます。リスペリドンでは6mg以上、オランザピンでは10mg以上使用するときは出てくるかもしれません。
さらに、オランザピンでは体重増加、肥満といった代謝系への影響が出やすいことが分かっています。このため糖尿病や高脂血症といった代謝系の疾患に対す
る注意が必要になってきます。
※妊娠中・授乳中の問題
ほとんどの抗精神病薬は胎盤を通過し胎児血中や羊水中に移行します。これまで最もよく調べられているのは(古い薬ということもありデータが蓄積されてい
る、というだけですが)クロルプロマジンであり、これについては明らかな催奇性は認められていません。クロルプロマジンについても、他の抗精神病薬につい
ても、明らかな催奇性はないとしても、データが十分にあるとは言えないために、できることなら妊娠中は使用しない方が良いと普通は考えます。しかし、抗精
神病薬を使用しなくてはならない精神科疾患の大部分が長期的な治療が必要なことを考慮して、妊娠中に抗精神病薬を中止することのメリットとデメリットを十
分に患者・家族と話し合って決定していかなくてはならないでしょう。なお、双極性障害の躁病エピソードにおいて気分調整薬は明らかな催奇性があるために、
抗精神病薬にスイッチすることを勧める意見もあります。いずれにしろ、妊娠の初期は催奇性の問題があるためにできるだけ薬剤は使わないという一般的な考え
方は抗精神病薬についても言えるということはあります。妊娠の後期については、抗精神病薬を使用していると新生児に錐体外路症状が見られることがあるため
に、可能であれば、出産2週間前に止めることも勧められます。しかし一般に出産前後や産褥期には精神症状が不安定になりやすいので、ここでも中止すること
のメリットとデメリットをよく考慮していかなくてはなりません。
授乳中、抗精神病薬は乳汁中に分泌されますが、比較的低濃度であることが分かっています。しかし発達中の子どもに対する抗精神病薬の影響は不明なことが
多いため、できれば母乳ではない方法で養育することが勧められます。
各疾患に対する抗精神病薬の使用
急性精神病状態 acute psychosis
急性精神病状態は、統合失調症の初発・急性増悪、感情障害、器質性精神障害、覚せい剤など薬物によるもの、などいろいろな原因で起こってきます。臨床的
に最も多いのは統合失調症によるものでしょう。患者は通常極めて思路障害が強く、混乱し、興奮し、時に自傷や他害の危険を伴います。このためできるだけ早
く治療を開始することが必要ですが、どの原因によるものであっても、この最初の急性精神病状態に対する治療の仕方はだいたい同じであり、以下のように抗精
神病薬を使用することになります。
現在では急性精神病状態に対して第一選択と考えられているのは第2世代の抗精神病薬です。理由は古い古典的抗精神病薬(ハロペリドールやクロルプロマジ
ンなど)に比べて錐体外路症状の頻度が低く、特に悪性症候群のリスクや遅発性ジスキネジアのリスクが低いと考えられるからです。また一時期は古典的抗精神
病薬に比べて第2世代の抗精神病薬は作用発現が遅いのではないかといわれてきましたが、最近の研究ではそうではないことが示されているからでもあります。
いずれにしろ、抗精神病薬による治療を開始してから、十分な抗精神病作用が出てくるまで2週間から4週間は必要と考えるべきです。
統合失調症の急性期であっても、躁病エピソードであっても、使用されるべき抗精神病薬の用量はだいたい同じであり、ハロペリドールにして10mg程度ま
で、リスペリドンにして6mg程度まで、オランザピンにして20mg程度まで、クエチアピンにして300mgから600mg程度までが普通でしょう。これ
よりも高用量になると、特に古典的抗精神病薬では錐体外路症状などの副作用が強くなり、患者が治療を嫌うことが多くなります。1割から2割程度の患者は幾
つかの抗精神病薬を使用してみてもあまり十分には改善しないことがあります。その場合にも用量を増やすだけではほとんど無意味です。米国ではこのような治
療抵抗性の症状に対してはクロザピンの使用が勧められていますが我が国では未発売のため使用不可能です。多くの場合リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン
などの気分調整薬を併用するadjuvant therapyが勧められています。
先に述べたように抗精神病薬が十分に効果を発現するまでに2週間以上という比較的長い時間を待たなくてはなりません。その間患者に非常に興奮が強い場合
は鎮静が必要になるでしょう。米国では大量のベンゾジアゼピンを使用することが勧められていますが、我が国では鎮静作用の強い低力価の抗精神病薬を併用す
ることが実際には多く行われています。もちろん、症状が改善し興奮がなくなってきたら、これらの薬剤は引いていくべきものです。
統合失調症(精神分裂病) schizophrenia
統合失調症は単一の疾患と考えるよりも、幻覚妄想、思路障害、実行機能・自発性の低下などの症状的な特徴が共通する疾患群の総称と考えた方が正しいで
しょう。症状も予後もさまざまです。
一般的に、統合失調症の症状は異常な病的体験があるという陽性症状positive
symptoms(幻覚、妄想、関係念慮、思路障害など)と、普通はあるはずの正常な感情・思考過程が落ちているという陰性症状negative
symptoms(思考内容の貧困化、集中力・注意力の低下、感情の平板化、自発性の低下など)とに分けて考えられます。これまでの抗精神病薬は陽性症状
に対しては効果が高いものの、陰性症状に対してはあまり効果がないと考えられてきました。そして、それはまあまあ正しいのですが、急性期に見られる陰性症
状的な症状(社会的引きこもりなど)に対しては意外に効果があることもありますし、全ての陽性症状に効果があるわけではないことも事実です。新しい第2世
代の抗精神病薬はこうした陰性症状・欠陥症状に対しても効果が期待されていますが、それがどの程度そうであるのかは、まだ不明な点が多いです。
抗精神病薬は統合失調症の急性増悪における症状の軽減にも、再発予防にも効果があることが分かっています。長期にわたる再発予防の治療は維持療法
maintenance
treatmentと呼ばれますが、これを行わない場合1年以内の再発は65%から80%にも上るのに対して、抗精神病薬による再発予防を行うことによっ
てその確率を25%以下にまで低減させることができると見られています。統合失調症による症状や、それによる社会的な影響(失業や家族その他の対人関係の
問題化など)を考慮すると、多くの患者は長期にわたる再発予防治療が有益になるであろうと思われます。しかし、抗精神病薬を特に大量を長期に使用すること
は遅発性ジスキネジアなどの副作用的な問題もあるため、十分によく考慮したうえで判断していくことになります。
治療抵抗性の症状がある場合などに高用量の抗精神病薬が使用されることがありますが(ハロペリドールにして20mg/day以上)、高用量の抗精神病薬
を使用したした方がより効果があがるとする科学的な根拠は乏しく、むしろ副作用が目立ってくることになることの方が確実です。
躁病エピソード
抗精神病薬は躁病エピソードに伴う精神病症状に効果があるほか、それそのものに直接的な抗躁効果もありますが、基本的に躁病エピソードは気分調整薬であ
るリチウムやバルプロ酸によって治療を行うことが第一選択です。しかし、気分調整薬はその効果が出てくるまで2
週間程度を要するために、その間待つことができないほどの著しい逸脱行動や危険行動がある場合や、著しい思考の混乱や精神病性の症状を伴う場合、急速な鎮
静が必要な場合などには急性精神病状態の治療に準じて抗精神病薬が併用されることになります。また、妊婦の場合はリチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンに
は明らかな催奇性の問題があるために、患者・家族とよく相談した上でより催奇性の少ない抗精神病薬を使用することになることもあるでしょう。気分調整薬が
十分な血中濃度に達して症状的にも改善を認めてきた時点で、抗精神病薬は少しずつ引いていくことができます。躁病エピソードに対しては古典的な抗精神病薬
も、第2世代の抗精神病薬も有効であることが示唆されています。
双極性障害の再発予防のための維持療法においては、基本的にリチウムやバルプロ酸などの気分調整薬を主体とすべきであって、抗精神病薬は錐体外路症状や
遅発性ジスキネジアのリスクの問題などから一般的には勧められるものではありません。しかし、十分な気分調整薬を使用していても予防が十分にできない場合
や、rapid
cyclerで抗精神病薬が安定化のために必須のものである場合などは少量の抗精神病薬を使用し続けなくてはならなくなるでしょう。この場合、錐体外路症
状の出現が少なく、それゆえ将来的に遅発性ジスキネジアの出現リスクも少ないと考えられる第2世代の抗精神病薬を使用した方がよりよいでしょう。
精神病症状を伴ううつ病
妄想などの精神病症状を伴う重症のうつ病は抗精神病薬単剤あるいは抗うつ薬単剤で治療するよりも(反応率は30%から40%)、抗うつ薬+抗精神病薬の
併用で治療した方がより効果的である(反応率70%から80%)ことが分かっています。この病像においてはECTが最も効果的であることが分かっているの
で、薬物療法が反応しない場合、あるいは重症度が高く早急に症状の改善が求められる場合にはECTを選択することになるでしょう。
統合失調感情障害(分裂感情障害)schizoaffective disorder
統合失調感情障害は抑うつ症状や躁症状がありながら、その感情症状が比較的治まっている時期にも幻覚・妄想や思路障害などの精神病性の症状が残ってしま
う疾患群を指します。感情症状に対しては抗うつ薬や気分調整薬(リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)が有効ですが、精神病性の症状を併せ持つために抗
精神病薬が併用されることになります。用量などは統合失調症の場合とほとんど同じです。
器質性精神病およびせん妄
せん妄は脳の全般的な機能低下を反映する症状であり、通常内科的な緊急事態のもとに起こってきます。ですから、せん妄の治療の基本は内科的な疾患の治
療・管理と、そしてせん妄に対する治療になります。せん妄状態の患者は生命維持に必要な点滴ラインを自己抜去したり、ベッドから転落するなどの危険行為の
リスクが極めて高いために、常に観察できるようにしておき、場合によっては身体拘束も必要になるでしょう。
アルコール離脱、ベンゾジアゼピン離脱、バルビタール離脱によるせん妄は、通常ベンゾジアゼピンによる置換療法を行います。アルコール離脱せん妄は臨床
的によく出会うものですが、これに対して抗精神病薬は勧められません。
また抗コリン剤によるせん妄についても、抗精神病薬は抗コリン性の副作用があるためにお勧めできません。
その他のせん妄、特に老人の痴呆をベースに持つものに対しては少量の高力価抗精神病薬が使用できます。高力価のハロペリドールがよく使用されてきた訳
は、この薬剤は心血管系への影響が少なく、呼吸抑制もほとんどなく、抗コリン作用も少なく、注射薬などもあり投与しやすいことなどがあります。これに対し
て低力価の抗精神病薬はてんかん閾値を下げること、起立性低血圧のリスクがあること、抗コリン作用が強いこと(便秘、抗コリン性のせん妄などを引き起こし
やすい)、などの理由からお勧めできません。老人の場
合、ハロペリドール1mg 2xくらいで対応できることが多いでしょう。
せん妄の治療を急性期以降も長期的に行う場合には、錐体外路症状の少ない第2世代を使用するほうが良いでしょう。老人の場合は特に錐体外路症状を起こし
やすいからでもあります。
パーキンソン病の患者はL-dopaによる治療の副作用として、あるいは痴呆症状を併せ持つことによって精神病症状を呈することがあります。この場合錐
体外路症状の生じにくい第2世代抗精神病薬が第一選択になります。クエチアピンが最も錐体外路症状を引き起こさないことで知られていますが、鎮静作用が若
干強いので注意すべきです。
パーソナリティー障害
抗精神病薬は遅発性ジスキネジアなどの副作用的な問題もあり、また有効性が明らかでない場合が多いため、精神療法を含め他の治療法が全てうまくいかな
かったときにだけ考慮されるべきものです。抗精神病薬は、境界性人格障害など重症のパーソナリティー障害の治療において、精神病性の思考障害がある場合、
衝動性・攻撃性の問題がある場合、などに使用されることがあります。確立された用量はありませんが、ハロペリドールに換算して1日10mg以上は臨床的な
意味があるとは思えません。錐体外路症状の少なさ、それによる遅発性ジスキネジアのリスクの低さの点からは第2世代の抗精神病薬の方がお勧めできるでしょ
う
APAの治療ガイドラインでも境界性人格障害に対する治療の中心は精神療法であるということになっており、また薬物療法を補助的に使う場合であっても、
その中心はSSRIなどであることになっており、抗精神病薬はさらに補助的な役割になります。この場合、少量の抗精神病薬は衝動コントロールの問題、抑う
つ状態や気分不安定、微妙な現実検討の障害などの症状を若干改善することが示唆されています。
3.抗うつ剤 antidepressant
「抗うつ剤」と呼ばれる一群の薬剤は、もともとうつ病や抑うつ状態の治療薬として作られたものであり、古い順番に三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択
的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI、セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬SNRIなどに分類されます。三環系抗うつ薬としては、イミプラミ
ン(トフラニール)、アミトリプチリン(トリプタノール)、アモキサピン(アモキサン)などがあります。四環系としてはミアンセリン(テトラミド)など。
セロトニン再取り込み阻害薬としてはフルボキサミン(ルボックス)やパロキセチン(パキシル)。セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬としてはミ
ルナシプラン(トレドミン)があります。(我が国ではスルピリドやメチルフェ
ニデートなども「抗うつ剤」ということになっていますが、本来的にこれらの薬剤は全く別クラスのものなので、ここでは一緒には論じません。)
これらの薬剤は、もともとはうつ病や抑うつ状態に対する治療薬として作られたものではありますが、ほとんど全てがその他にパニック障害、不安障害、社会
恐怖(対人恐怖)、強迫性障害、衝動コントロールの障害(過食嘔吐症、抜毛症など)、パーソナリティー障害、などに効果があることが分かっています。以前
は三環系抗うつ薬が中心でしたが、最近ではSSRIやSNRIが中心になってきています。この理由はこれらの新しい薬剤が特に作用の点で優れているからで
はなく、副作用が少なく安全性が高いからです。逆に、古い薬剤は抗コリン作用、眠気・鎮静作用、起立性低血圧などの副作用が多く、十分な治療に必要な用量
まで薬剤を増量することさえ難しかったのです。
抗うつ薬がどうして抑うつ症状の改善に効果があるのかについては、現在でもはっきりとは分かっていません。これらの薬剤が脳内のモノアミン系、特にセロ
トニンやノルエピネフリン系のターンオーバーを阻害する性質があることから、これらのモジュレーターが関係しているのだろうと思われてはいます。しかし、
ほとんど全ての抗うつ薬は効果発現までに2週間以上を要することからも、単純にセロトニンやノルエピネフリンをシナプス間隙で増やすことだけが抗うつ効果
の理由とは考えにくく、詳細はまだ分かっていないのです。
抗うつ薬に伴う副作用には以下のようなものがあります。
●抗コリン作用:口渇、便秘など。特に古い三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬などでは目立ちます。SSRIやSNRIでは目立たないことが多いですが、パロ
キセチン(パキシル)には若干の口渇が出ることがあるようです。
●眠気・だるさ:これは抗ヒスタミン作用を反映していると考えられていますが、やはり古い抗うつ剤でよく見られるものです。
●アルファ遮断作用:起立性低血圧など。これも古い抗うつ剤でよく見られます。
●セロトニン系による副作用:吐き気など。これは新しいSSRI(パキシル、ルボックス)、SNRI(トレドミン)などでよく見られるものですが、特に治
療の開始時や増量時に見られます。しかし次第に慣れが生じてくるため数日程度で軽減しなくなっていくことが多いものです。
●ノルエピネフリン系による副作用:SNRI(トレドミン)で時々みられる副作用で、どきどきする、多少いらいらが増す、尿閉、便秘、などがありえます。
●性機能障害:古い抗うつ薬では抗コリン作用により勃起障害などがありますが、新しいSSRIやSNRIではほとんどありません。しかしSSRIではオル
ガスム障害や遅漏などの問題が起こることがあります。
これらの副作用のうち、眠気、だるさ、吐き気などの症状は治療開始初期あるいは増量した時に強く出るものであって、使用しているうちに慣れが生じるもの
でもあります。このため、患者にこれらの予測可能な副作用について十分に説明して分かってもらった上で、少量から開始し少しずつ増量(半週間から1週間に
1段階増量)していくことが必要です。
抗うつ薬の妊娠中の使用は、特にSSRIに関する限り、これまでのデータでは特に催奇性が高いということは認められていません。通常の薬物と同様に、そ
れでも妊娠中はできるだけ薬物の使用を避けた方が安心ではあるでしょうが、妊娠中および出産後の母親のうつ病は母親本人にも子どもにも大きな悪影響がある
ために、薬物療法を行うことのメリットとデメリットをよく話し合って決めていくことが必要でしょう。なお、これまでの研究で妊娠後期のSSRIの使用は統
計的には若干早産の確率があがるようではあります。
各疾患に対する抗うつ薬の使用
大うつ病 major depression
うつ病に対する抗うつ薬の効果は明らかであり、1つの薬剤でも50%は反応しますし、もし1つめの抗うつ薬がうまく反応しなかった場合、別の抗うつ薬を
使用したり、組み合わせで使用することで80%は改善を示していくことが分かっています。一般的にパーソナリティー障害、不安障害、精神病性の障害を合併
しているケースでは比較的反応率が悪いようです。抗うつ薬による治療によって効果が得られない場合はECTを治療として選択することができますが、より長
期にわたる再発・再燃の予防のためにはやはり抗うつ薬が必要であり、その患者にあう抗うつ薬を探す努力はいずれにしろ必要です。抗うつ薬の効果が発現する
には2週間は要しますし、十分な効果が見られるまで6週間から8週間もかかることがあります。治療の失敗において最もよく見られるのは抗うつ薬の用量が不
足している場合と、使用期間が短すぎる場合です。パロキセチンにして40mg、イミプラミンにして250mg以上を6週間以上使用していないと何とも言え
ません。それでも改善が無い場合はリチウムや甲状腺製剤などを併用する強化療法augmentation therapyもありえます。
うつ病は寛解した後もしばらくの間は再発の危険が高いため、多くの場合約半年は同じ抗うつ薬を使用し続ける継続的な治療を行うことが勧められます。以前
はこうした再発予防治療continuous
therapyにおいては用量を落としても良いのではないかと見られていましたが、現在では急性期に寛解に要したのと同じ用量をそのまま使い続けることが
勧められています。何度も再発を繰り返している反復性のうつ病の場合数年間にわたる再発予防治療maintenance
therapyが必要な場合もあるでしょう。しかし、抗うつ薬は抗精神病薬と違い、遅発性ジスキネジアなどの長期使用に関する問題は無く安心して使うこと
ができるでしょう。(もっとも抗うつ薬の中でもアモキサピンは抗精神病薬としての性質があり、錐体外路症状の副作用も出ることがあるため、遅発性ジスキネ
ジアの危険性を考慮すべきかもしれません。)
古い三環系抗うつ薬においても、新しいSSRIやSNRIにおいても、最初は比較的少量から開始して、数日から数週間をかけて用量を増やし、治療に必要
な用量にまであげていきます。こうすることで副作用を比較的少なくしていくことができます。
双極性障害に伴ううつ病エピソードの場合、考慮されなくてはならないのは躁病相へ転じてしまうことです。これまでの研究で30%から50%が躁転してし
まうことが示唆されていますし、リチウムやバルプロ酸など気分調整薬を併用していてもそうなってしまうこともあります。しかし、双極性障害のうつ病相は気
分調整薬だけでは十分に回復できないことが多いですし、その間の患者の苦痛は大きいために十分に考慮したうえで抗うつ薬を使用することは必要なことでしょ
う。APAの診療ガイドラインではまず気分調整薬を十分に使用していることを確認したうえで、それでも必要なら抗うつ薬を併用するように勧めています。こ
れまで三環系抗うつ薬は躁転を促してしまう可能性や、rapid
cycler化を促してしまう可能性を示唆されていましたが、最近の研究ではSSRIについてはそれほどそうではないであろうことが示唆されています。使
うのであれば、SSRIを使用すべきでしょう。
精神病症状(幻覚や妄想など)を伴ううつ病の場合、抗うつ薬単独での反応率は30%から50%であるのに対して、抗うつ薬と抗精神病薬の組み合わせでは
70%から80%に向上することが分かっており、この病状での第一選択になります。少なくとも同等以上の効果がECTにもあることが分かっており、薬物療
法が無効であるか、症状的に改善を急がなくてはならない場合にはECTが選択されるでしょう。この場合に使用される抗精神病薬の用量についてはどのくらい
が最適なのかについてははっきりしたことが分かっていませんが、一般的な急性精神病状態において使用されるよりも若干低めの抗精神病薬(ハロペリドールに
して4mgから6mg)で良いと考えられています。
老人に対しては通常SSRIが選択されます。その理由は三環系抗うつ薬は抗コリン作用はアルファ遮断作用などがあり老人に使用することには不必要な危険
を伴うからです。しかし、SSRIを使用する場合であっても、老人は肝機能や腎機能が低下していることが多く、半減期が長くなっている可能性が高いため、
開始用量はより少なめにすべきであり、増量のスピードも、最終的な用量も、低くしておくべきかもしれません。
境界性人格障害
境界性人格障害においては非常にしばしば随伴する抑うつ症状の軽減、衝動コントロールの障害の改善、摂食障害症状の改善などの目的で抗うつ薬、特に安全
性も高く前述の治療的効果も期待できるSSRIが使用されることがあります。APAの診療ガイドラインでも、境界性人格障害の治療は精神療法が第一義に考
えられるべきではありますが、薬物療法としてはSSRIが最も勧められるものであることを述べています。うつ病症状はパーソナリティー障害が合併している
と抗うつ薬の反応率が一般に下がるものではありますが、それでもプラセボと比較すると有意な有効性が示されてはいます。
パニック障害
パニック障害は予期できぬときに突然に強いパニック発作に襲われることを繰り返すもので、それだけでなく「また発作が起こったらどうしよう」というよう
な予期不安anticipatory
anxietyがあり、そうなった場合逃げ出せなくなるような状況(電車の中、車の中、映画館や美容院など)を避けてしまうということのために、生活が成
り立たなくなってしまうことさえある問題を伴います。
治療としては三環系抗うつ薬、SSRIなどや、高力価のベンゾジアゼピンなどがその有効性を示されていますが、副作用の少なさの点から最近では圧倒的に
SSRIを使用することが多くなっています。三環系抗うつ薬を使用する場合も、SSRIやSNRIを使用する場合も同じですが、最初のうちはかえって不安
やイライラが増強することがあるので、少量から開始し(パロキセチンにして10mg)少しずつ増量していくか、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を併用していく
ことが必要かもしれません。最終的は用量はうつ病に対して使用するときと同じであり、パロキセチンにして40mgから60mgが必要でしょう。(ただし我
が国の保険適応では40mgまでです。)パニック障害に随伴する予期不安や外出恐怖はパニック発作が十分に良くコントロールされてから、幾分遅れて改善さ
れてくることが多いです。しかし、これについては認知行動療法などの精神療法を併用することがより効果的かもしれません。
強迫性障害obsessive-compulsive disorder
強迫性障害は、強迫観念と、それを打ち消すための強迫行為からなることが多いですが、そのうち強迫行為には行動療法が、強迫観念にはSSRIなどの薬物
療法が比較的有効であるといわれています。強迫はセロトニン系が関係していると考えられており、古い抗うつ薬であるクロミプラミンや、新しいSSRIであ
るフルボキサミンなどが使用されることが多いですが、基本的にどのSSRIでも同様に有効であろうと考えられます。ただし一般にうつ病に対して使用するよ
りも多い用量を要し、反応を示すまでに長い期間(12週以上)を要することが多いようです。これにより約半数のケースが改善すると考えられます。
強迫症状に対して抗精神病薬を使用することもありますが、一般的には上記のSSRIによる治療が無効な場合や、統合失調型障害schizotypalの
特徴を持つ場合、統合失調症に合併している場合、などに限られるべきであると考えられています。
強迫性障害の近縁疾患であると考えられている抜毛症trichotillomaniaに対してもSSRIは使用されます。
その他の疾患
外傷後ストレス障害PTSD、社会恐怖(対人恐怖)、醜形恐怖dysmorphophobia、過食症blimia、などに対してSSRIなどの抗うつ
薬の有効性が確認されています。ただし、これらのいわゆる神経症性障害の場合には精神療法などの併用がほぼ必須でしょう。
4.気分調整薬(気分安定薬) mood stabilizer
気分調整薬とは、双極性障害(躁うつ病)などに見られる気分の波を抑え、躁病症状もうつ病症状も安定化させていく作用をもった薬剤のことであり、現在我
が国で使用することができるものには、炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、があります。このどれもが双極性障害の治療および予防、パーソナリ
ティー障害などに見られる気分の不安定さや衝動性の問題の治療などに使用されています。特に双極性障害に治療においては気分調整薬が治療の主体になるべき
であると考えられており、それでも十分に躁病症状やうつ病症状をコントロールできない場合に抗うつ薬や抗精神病薬を併用することになります。以下ではそれ
ぞれの薬物について見ていきます。
(1)炭酸リチウム
炭酸リチウムは我が国では「抗躁薬」ということになっていますが、実際の作用は躁病相の治療だけではなくうつ病相の治療にも、その気分の波の予防にも使
用される気分調整薬の代表格です。この薬剤は非常に単純な金属イオンですので、ほとんど全てが腎臓で排泄されます。有効域therapeutic
rangeは比較的狭く、血中濃度にしてだいたい0.8-1.2の範囲であると考えられ、これより低いと効果が期待できませんし、これより高いと(1.6
以上くらいになると)中毒症状が出てくる可能性があります。このためこの薬剤の使用開始時には何回も採血を行い適正な用量を決めていかなくてはならないで
しょうし、使用
中は時々濃度を確認する必要もあります。(通常は元気な成人で一日600mgから1200mg程度になるでしょう。)特に気をつけなくてはいけないのは濃
度が上昇しすぎて中毒になることです。リチウムは腎臓で排泄されるとき、近位尿細管でナトリウムと競合する形で再吸収されます。(ヘンレのループではあま
り再吸収されません。)このため低ナトリウム血症になっている時に血中濃度が予想以上にあがってしまうことがあります。例えば患者が拒食を続けている場
合、脱水状態になっている場合、などは要注意です。また近位尿細管に作用するサイアザイド系利尿薬との併用はリチウム濃度を3割から5割程度まで上げてし
まうことがありますので、これも要注意です。一方ループ利尿薬であるフロセミド(ラシックス)などはそれほどの変化を与えないことが考えられますが、それ
でも一応注意していくことが大切でしょう。リチウム中毒の症状は、嘔気嘔吐・下痢などの腹部症状、粗大な振戦、構語障害や歩行障害などの失調症、などが特
徴です。
なお、リチウムにはほとんど眠気やだるさなどの副作用がありませんが、長期的な使用に伴うやや厄介な副作用には腎性尿崩症と体重増加、手指の振戦などが
あります。特に腎性尿崩症については、リチウムを服用している患者の4割から6割には何らかの形であるとも言われます。重症なものになると1日数リットル
の多飲・多尿を伴い電解質バランスを崩す(高ナトリウム血症)こともあるので、特に内科的な原因などでこれまで多飲によって代償してきたものがバランスを
崩したときなどは要注意になります。手指の振戦は抗精神病薬の副作用(錐体外路症状)に見られるものよりも粗大なものであり、本態性振戦に近いものです。
リチウムの量を減らすことでなくなりますが、症状コントロールの点で減量が好ましくない場合は、対症的にβブロッカーを併用することもありえる選択肢です
(インデラル 20mg 2xなど)。
リチウムは明らかな催奇性があり、妊娠初期の女性が服用していると心血管系の奇形を生じる可能性が統計学的にあがることが分かっています。
双極性障害の躁病エピソード
双極性障害の急性期の治療および再発予防のためにリチウムなどの気分調整薬は主体になり、約7割のケースで有効であると考えられています。しかし、有効
性は病相によって違い、リチウムが最も有効であるのは躁病エピソードの急性期および予防時であり、うつ病相の予防にはやや効果があり、うつ病相の急性期の
治療としてはリチウムだけでは不十分であり抗うつ薬との併用が必要になることが多いでしょう。
双極性障害の躁病エピソードに対してリチウムは適切な血中濃度で使用すれば、70%から80%もの場合に有効であることが分かっています。しかし効果発
現には2週間程度かかりますし、十分な効果が得られるには1ヶ月以上かかってしまいます。このため治療初期に興奮や逸脱行動が著しい場合には、短期間抗精
神病薬との併用をすることがあります。この場合、最近では錐体外路症状などの副作用の少なさから第2世代抗精神病薬が選択されることが多くなっています。
双極性障害のうつ病エピソード
双極性障害の経過中に起こってくるうつ病エピソードについて、抗うつ薬を使用すべきかどうかという問題は、これまでいろいろな意見がありました。一方で
はリチウムなど気分調整薬だけではうつ病エピソードの治療に十分な効果がなく、どうしても抗うつ薬を併用する必要性があるとする事実があり、他方では抗う
つ薬を使用することで躁転が促されてしまうのではないかとか、rapid
cycler化を促してしまうのではないか、という疑問も提起されていました。しかし、最近の研究の結果によると、少なくともSSRIについては、躁転の
確率はそう上がるものではなく、rapid
cycler化を促しているという確かな根拠もないため、双極性障害のうつ病エピソードに対して気分調整薬と同時にSSRIを併用することはそう悪いこと
ではなく、むしろ治療上好ましいことと考えられるようになってきています。双極性障害のうつ病エピソードは、しばしば精神病症状を伴うことがあり、重症化
することも多いため、その場合は抗精神病薬との併用をしたり、場合によってはECTの適応ともなりえます。
双極性障害の再発予防治療
双極性障害の躁病エピソードの再発予防にも、うつ病エピソードの再発予防にも、そしてサブクリニカルな気分の波の抑制に、リチウムなど気分調整薬は有効
であることが示されています。ただし、リチウムはうつ病エピソードの予防よりも、躁病エピソードの予防に、より有効でありそうであり、リチウムを使った維
持療法の間にもうつ病エピソードが起こってしまうことはありえます。躁病エピソードの時に抗精神病薬を併用していたようなケースでも、錐体外路症状などが
あるため、できるだけ再発予防の維持療法期には抗精神病薬はやめるべきです。維持療法期のリチウムの用量については、いろいろな議論がありましたが、最近
の研究によると躁病エピソードで有効な用量(血中濃度0.8-1.0)を使用し続ける方が、用量を下げて(血中濃度0.4-0.6)使用するよりも明らか
な有効性があることが示されており、維持療法の間も十分量のリチウムを使用した方が好ましいとする考え方が主流になりつつあります。ただし、それほどの危
険性はないものの、リチウムを長期的に使用する場合は、腎性尿崩症のような副作用について患者とよく話し合い、十分に注意していくことが必要でしょう。
うつ病に対する強化療法 augmentation therapy
抗うつ薬だけで無効あるいは十分な効果が得られていないうつ病の場合、リチウムや甲状腺ホルモンを併用することがあり、これを強化療法
augmentation
therapyと呼んでいます。だいたい5割程度に有効であるとされていますが、この用途のために適切なリチウムの用量は今ひとつはっきりとは分かってい
ません。ただ、最低でも血中濃度が0.4以上は必要であると考えられていますし、改善した後もしばらくは同じ用量で使用し続けることが必要そうであること
が、これまでの研究からは示唆されています。やはり効果発現まで2、3週間は要すると考えるべきです。
その他の用途
リチウムはパーソナリティー障害や、その他の場合の衝動性・暴力性のコントロールの改善を目的に使用されることがあります。これまでの研究結果はこうし
た用途に有効であるという報告も、そうでない報告もあり、何とも言えないところですが、その他のより効果が確実な方法でうまくいかない場合に使用されるこ
とがあります。ただ、境界性人格障害の患者では大量服薬などの自傷行為のリスクが高いですし、摂食障害の患者では食事摂取が予測不能な上に下剤や利尿剤の
乱用をしている場合があるので、十分な注意が必要でしょう。
リチウムはまた、統合失調症に伴う「言いようのない不安」の症状軽減に効果があるという報告があり、この目的のために使用されることもあります。
(2)バルプロ酸(デパケン、デパケンR)
バルプロ酸はもともと抗てんかん薬として使用されていた薬剤ですが、気分調整薬としての作用があることが明らかとなり、躁病エピソードに対してはリチウ
ムと同等の効果があることが分かってきたこともあり、現在ではリチウムと並んで双極性障害の治療に使用されています。特に、不安・不機嫌を伴う躁病症状
(mixed state)や、いわゆるrapid cyclerに対してはリチウムよりも効果が高いことも示唆されています。
バルプロ酸は肝臓で代謝されます。半減期は8時間程度であり、このため1日数回の投与が必要になってきます。このため最近では1日1、2回の投与で十分
な血中濃度を維持できる徐放剤(デパケンR)が使われることも多いです。リチウムに比べて血中濃度と治療効果はそれほど厳しく相関しているものではないと
考えられていますが、だいたいてんかんの治療に使用するのと同様の用量、血中濃度にして50から150μg/ml程度が適当であると考えられています。
バルプロ酸は、人によっては若干の眠気が生じること、空腹時に服用すると嘔気を生じることがあること、若干太りやすくなること、以外はあまり目立った副
作用がありません。バルプロ酸を服用している患者には、時々若干の肝機能異常(AST/ALTの上昇)や高アンモニア血症を見ることがありますが、これら
の検査上の異常値の臨床的な意味合いは不明であり、それがために直ちに服薬をやめさせなくてはならないものとは考えられていません。
バルプロ酸はこれまでてんかんの治療に長期間使用されてきたという事情もあり、妊娠に対する影響が比較的よく知られています。これまでの研究はバルプロ
酸が神経管の形成過程に影響を与えることを示唆しており、二分脊椎症などの明らかな催奇性が示唆されています。このため妊娠前期のバルプロ酸の使用はあま
り勧められるものではなく、可能であれば抗精神病薬でしのぐか、ECTを使用することを勧める専門家もいます。
双極性障害の躁病エピソード
バルプロ酸は躁病エピソードに対してリチウムと同等に有効であることが示されており、現在リチウムと並んで第一選択薬と考えられています。十分な血中濃
度に達してから1、2週間で抗躁効果が見られてきます。
躁病エピソードの急性期に使用されるだけでなく、その予防として維持療法に使用されることもあります。この場合、躁病エピソードの予防には比較的良好な
効果がありそうですが、うつ病エピソードの予防には効果が低いと考えられています。なお、バルプロ酸単剤では、通常はうつ病エピソード急性期の治療として
は適切ではないと考えられています。
その他の用途
リチウムと同様に、バルプロ酸も衝動性・暴力性のコントロールを改善するために使用されることがあります。
(3)カルバマゼピン(レキシン)
カルバマゼピンも、バルプロ酸と同様に、もともとは抗てんかん薬として使用されていました。しかし双極性障害の躁病エピソードに対して有効
な場合があることなどから、リチウムやバルプロ酸よりは一般的な優先順位は落ちますが、双極性障害の躁病相の治療およびより長期的な再発予防に使用される
ことがあります。カルバマゼピンも、バルプロ酸と同様、リチウムほどの厳密な濃度管理は必要ないと考えられており、精神科的な適応に使用されるべき用量も
てんかんの治療に対して用いられる場合と同様に、血中濃度にしてだいたい4から12μg/ml程度であろうとされています。カルバマゼピンは肝臓で代謝さ
れますが、強力なP450誘導作用があるので、同じ用量を使用していてもすぐに血中濃度が下がってくることがよくあります。さらにP450を阻害する作用
のある薬剤(fluvoxamineなど)と併用すると、予測外に血中濃度が上がり副作用であるふらつきなどが強くでることもあります。
副作用の点ではやややっかいな薬剤であり、比較的アレルギー性の反応を引き起こしやすい傾向があります。このため皮膚のかゆみ、薬疹、肝機能障害、白血
球減少症などを引き起こすことがあり、その場合は使用を中止しなくてはならないでしょう。その他は薬剤を開始した時と増量したときにフラツキ、二重視、聴
覚異常(音が半音下がって聞こえる、などと訴えることがあります)、などの副作用がでることがあります。またリチウムや抗精神病薬との併用で、時々せん妄
を起こすこともあります。用量や増量のスピードに注意する必要のある薬です。
この薬剤も、他の抗てんかん薬と同様に、明らかな催奇性のあることが分かっていますから、可能であれば妊娠している間は避けるべきでしょう。また乳汁中
への移行もあり、授乳されている乳児に眠気が出ることがあるので、授乳は避けるべきでしょう。
双極性障害の躁病エピソード
カルバマゼピンも躁病エピソードに対して有効性があることが示されていますが、その有効率はリチウムやバルプロ酸に比較するとやや低いと考えられてお
り、一般的には第二選択とされています。双極性障害のうつ病エピソードに対する有効性は、リチウムやバルプロ酸がそうであるように、それほど高くないと考
えられています。不安・不機嫌を伴う躁病やrapid
cyclerに対してはリチウムよりも有用であることも示唆されており、リチウムやバルプロ酸が無効なケースに対して、その次の選択肢として重要な役割が
あります。
その他の用途
リチウムやバルプロ酸と同様に、カルバマゼピンもパーソナリティー障害や老人性痴呆などの問題に伴う衝動性や暴力性のコントロールを目的に使用されるこ
とがあります。
5.抗不安薬
抗不安薬・睡眠導入剤は、現在ほとんど全てがベンゾジアゼピン系の薬剤になっています。これらの薬は少量では抗不安作用を、大量では睡眠鎮静作用を示し
ます。ベンゾジアゼピン系の薬剤は、以前に同様の目的に使用されていたバルビタール系の薬剤と違い、(1)抗不安作用を示す用量と睡眠鎮静作用を示す用量
の間に開きがあり、鎮静作用の少ない抗不安薬としてより使いやすいこと、(2)呼吸抑制などの問題がなく大量服薬された場合の安全性も高いこと、(3)耐
性・依存性が生じにくいこと、などの点で明らかな利点があり、現在ではわざわざバルビタール系の薬剤を抗不安作用や睡眠鎮静作用のために使用する理由はほ
とんどないと考えて良いでしょう。ベンゾジアゼピン系の薬剤は、どれも多かれ少なかれ、抗不安作用、睡眠鎮静作用のほかに、筋弛緩作用、抗てんかん作用な
どがあります。ベンゾジアゼピン系の薬剤は、内科医などの非専門家によって安易に、適応を充分に考慮されずに処方される傾向があり、また若干の依存傾向も
あるために、幾分社会問題化していることはあります。しかし、この薬剤にはこの薬剤の強みも弱みもありますので、その点を充分に知った上で、計画的な治療
戦略の中で、使用するのは間違ったことではないでしょう。
ベンゾジアゼピンは、作用時間、半減期の長短によって、おおまかに「超短時間型」、「短時間型」、「中間型」、「長時間型」に分けられています。一般
に、作用時間が短時間の方がより「キレ」は良いのですが、離脱・反跳作用を生じやすく、依存を生じやすく、薬をやめていくことに苦労することが多くなりま
す。ロラゼパム(ワイパックス)を除き、ほとんど全てのベンゾジアゼピン系薬剤は肝臓で代謝され、その代謝産物も活性を持っているため、非常に複雑です。
(ロラゼパムは肝臓でグルクロン酸抱合を受けた後に胆汁に排泄されてしまうので、比較的単純です。)このため肝機能低下・肝硬変のある患者では用量に気を
付ける必要があるでしょう。
非ベンゾジアゼピン系の睡眠鎮静剤としては、ゾルピデム(マイスリー)とゾピクロン(アモバン、メトローム)があります。これらはベンゾジアゼピン系と
同じGABA受容体に結合するようになっていますが、少し別のサブセットになっており、このためある程度ベンゾジアゼピン系との交差性がありますが、筋弛
緩作用が弱く、抗不安作用が弱く、抗てんかん作用が弱く、極めて短時間作用型の睡眠導入剤として使用されます。これらの薬剤はベンゾジアゼピン系にあるよ
うな耐性・依存性や反跳作用を生じにくく、また筋弛緩作用もなく極めて短時間作用型であるために、特に老人の不眠症に対して用いられることが多くなってい
ます。この薬剤も、ベンゾジアゼピン系と同様に、空腹時に服用することで吸収が早くなるため、基本的には眠前の空腹時に服用してもらうことが普通です。
ベンゾジアゼピン系の薬剤は、ほとんどどれも似たり寄ったりの作用を持ち、どれも同じような適応に使用することができます。分類上「睡眠導入剤」にされ
ているものも、「抗不安薬」にされているものも、基本的に変わりはないようです。ただ、作用時間の長さと、力価
potencyの強さ、そして代謝のされかたの違いによって、どういったケースに、どういった薬剤を選択するかが決まってくることがほとんどでしょう。
副作用としては、鎮静、筋弛緩作用、認知機能の低下、脱抑制、依存性などがあります。このうち、鎮静、筋弛緩作用、認知機能の低下といって副作用は、特
に老人の場合に大変に問題であり、転倒などの事故を引き起こしたり、せん妄を引き起こしたりすることがあります。一般に「精神科の薬、安定剤を飲むとボケ
が早まる」という誤解があるのは、このためではないかと思われます。
ベンゾジアゼピン系については、明らかな催奇性はありません。しかし他のすべての薬剤と同様に、もし可能であれば妊娠・出産の時期には止めておいた方が
良いでしょう。特に出産直前にベンゾジアゼピンを使用していると、新生児にやや鎮静効果が出てしまうことがあることが知られています。
ストレスに関連した不安
一般の人が何らかのストレスに不安という形で反応することは非常に当たり前のことであり、適応的でさえあります。抗不安薬を使用した治療の対象とするの
は、(1)不安の程度が強すぎ、日常生活や働きに支障を与えている場合、(2)抗不安薬を使用することで、その人のより適応的な行動変化への動機づけを妨
げない場合、(3)抗不安薬を使用することによる依存性や筋弛緩作用(特に老人では重大な問題です)などの副作用よりも、作用による利益が明らかに高い場
合、ということになるでしょう。
抗不安薬による治療を行う場合、基本的には低力価で長時間作用型のベンゾジアゼピンを使用すべきと考えられていますが、それはこれらの薬剤の方が依存性
を生じにくく、止めやすいからです。ジアゼパム(セルシン)にして1日30mg以下で十分であることがほとんどです。老人であったり、肝機能低下(肝硬
変)がある場合は、代謝の問題を考慮してロラゼパム(ワイパックス)を使用することがより安全でしょう。
社会恐怖(対人恐怖)、アガリ症
社会恐怖(対人恐怖)には1対1で人と会う時にも強い不安を感じるものと、大勢の前で何かをする(会議で発言をする、みんなの前でスピーチをする、な
ど)時に強い不安と身体症状(「どうき」、発汗、赤面、震え、など)を生じるものとがあります。このうち、最も多い後者のものは、精神的な不安と同時に身
体的な症状(震え、「どうき」、など)が目立って出てくるために、それによってさらに動揺し、声もでないくらいに緊張してしまう、というパターンが多いで
す。この症状に対してアルプラゾラム(ソラナックス)などのベンゾジアゼピンも不安を軽減することに有効であり、発言をする状況に入る30分前くらいに服
用すると効果的ではあります。しかし、ベンゾジアゼピンは鎮静作用があり、やや認知機能を落としてしまいボーッとさせてしまう副作用があるため、震えなど
の身体的な症状だけを抑えるためにベータ遮断薬としてプロプラノロール(インデラル)などを事前に服用してもらう、という方法もあります。いずれにしろ、
この種の恐怖症に対しては認知行動療法が比較的有効であることが分かっていますので、より長期的にはこうした精神療法と組み合わせて、系統的な治療を行っ
ていくべきでしょう。
また社会恐怖の症状に対してSSRIの有効性も確認されてきており、これらの薬剤を使用することもあります。
全般性不安障害
この不安障害は特定の不安の対象があるわけではなく、いつでも何かが不安で仕方がないというもので、遺伝的研究的にも大うつ病と関連性があることが分
かっています。薬物療法では、抗うつ薬や抗不安薬が使用されることがありますが、適切な精神療法と組み合わせるべきでしょう。そのうえで、ベンゾジアゼピ
ン系抗不安薬を使用する場合、できるだけ依存性を生じさせないためには低力価、長時間作用型の薬剤(ジアゼパムなど)を使用した方が良いはずです。ベンゾ
ジアゼピン系抗不安薬を長期にわたって使用したところで安全性に問題はないのですが、無計画にだらだらと治療に依存させてしまわないように、ある一定のと
ころで薬物を引いていき、様子を見てみる努力をすることは必要でしょう。
パニック障害
パニック障害では、繰り返すパニック発作の他に、「また不安発作が起こってしまうのではないか?」といった予期不安や、それによる回避行動(外出恐怖、
電車や飛行機に乗れない、など)がより大きな問題になってしまいます。
パニック障害に対する薬物療法の中心は抗うつ薬であるSSRIではありますが、高力価のベンゾジアゼピン系抗不安薬であるアルプラゾラム(ソラナック
ス)やクロナゼパム(ランドセン;但し我が国ではクロナゼパムの適応はてんかんにしか通っていません)などが不安症状に対して同等程度の効果があることも
示されています。またSSRIは効果の発現に多少時間がかかってしまうことと、治療の開始時にはやや不安症状が増悪してしまうことのために、治療初期にベ
ンゾジアゼピン系を併用することもよくなされます。
パニック障害に対してベンゾジアゼピンを使用する場合は、その他の不安に対して使用するときよりも大目の用量が適当であり、アルプラゾラムにして1日
2.4mg、クロナゼパムにして1日1-4mg程度でしょう。(高力価の薬剤を使用する理由は、低力価で大目の用量を使用すると眠気が強すぎることになる
からです。)
パニック障害に伴う不安に対してベンゾジアゼピンを使用することの問題は、(1)特に短時間作用型(アルプラゾラムなど)は依存性を生じやすく、反跳作
用を生じやすく、止めにくくなってしまうこと、(2)眠気や認知機能の低下などの副作用がありうること、(3)ベンゾジアゼピン系抗不安薬を頓服として飲
むという行為が新たな回避行動の1つになってしまうこと、などがあります。
不眠症
不眠症はいろいろな身体的・精神的疾患に付随した症状の1つであることが多く、ただ眠れないから眠れるようにすれば良いという問題ではありません。しか
し原因がどうであれ、眠れないことはそれそのものが大きな苦痛になるため、行動療法的、薬物療法的な介入を考慮していくことは正しいことではあります。
基本的には、まず正常な睡眠習慣を妨げている習慣を是正することから始めるべきです。具体的には、(1)昼寝や夕方などの変な時間に居眠りをする習慣を
止める、(2)不適切な薬剤を服用していたり、コーヒーなどの刺激物やアルコールを摂取してたりするのを止める、(3)寝室は暗く、静かなものにし、寝る
ためだけの場所にする、(4)睡眠についての強迫的な思い込みや行動を止める、などがあります。その上で、さらに必要であれば、ベンゾジアゼピン系の睡眠
鎮静剤を使用していくことになります。
ベンゾジアゼピン系の睡眠鎮静剤は、適切な用量を使用すれば、どれも似たような作用ですが、作用時間の長さによって多少選択されていくことになります。
一般に長時間作用型の薬剤は、より熟眠感が得られ、早朝覚醒が少なく、より日中の不安が軽減できるメリットがありますが、その分日中に眠気が残る感じがあ
り得ます。他方の短時間作用型は日中の眠気を持ち越すことはほとんどありませんが、反跳性の不眠や依存性の問題を起こすことがあります。また、どの薬剤も
服用後にお酒による「ブラックアウト」と類似した認知障害を起こすことがあります。さらに老人に使用する場合は、転倒や認知機能障害によるせん妄症状の悪
化などの問題もあります。老人に対しては、安全性のため、非ベンゾジアゼピン系のゾルピデム(マイスリー)が好んで使用されます。
アルコール離脱症状、バルビタール離脱症状、ベンゾジアゼピン離脱症状
ベンゾジアゼピンはアルコールやバルビタール系薬剤と交差耐性がありますが、これらの中で一番安全性が高いため、離脱症状の置換療法に使用されます。臨
床的に最も出会うことが多いアルコール離脱せん妄は、大量の連続飲酒を中断した数日後からせん妄、振戦、不安、自律神経症状、などで生じてきます。放って
おくと、けいれん発作を起こすなど生命の危険を伴う重篤な状態になりえます。自宅でさんざん大量飲酒をしてきた人が急性の内科的疾患を起こしたり、事故を
起こしたりして救急病院に入院となり、数日後からせん妄症状を示してくる、というのがもっともよくあるパターンでしょう。
この問題に対してはやや大量のベンゾジアゼピンが必要になることが多く、症状に合わせて用量は変えていくべきですが、ジアゼパムにして1日15-
40mgを要することになるでしょう。アルコール幻覚症を伴う場合には高力価の抗精神病薬を少量(ハロペリドールで3-6mg)使用することもあります
が、ベンゾジアゼピンの代わりになるものではありません。鎮静を目的に低力価の抗精神病薬を使用することは、てんかん閾値を下げてしまう問題があるため
に、勧められません。
離脱症状がコントロールされたら、置換に使用したベンゾジアゼピンを引いていけば良いのですが、ジアゼパムなど低力価、長時間型の薬剤はそれほど手間
取らないで良いでしょう。
その他の用途への使用
ベンゾジアゼピンには非特異的な抗不安効果があるので、うつ病に伴う不安・焦燥感、躁病に伴う不安・焦燥感、興奮、統合失調症に伴う不安、などいろいろ
な不安や焦燥感、興奮に対して対症的に使用されることが多いです。また抗精神病薬の副作用であるアカシジア等に対しても有効です。
6.その他の薬剤
神経刺激薬(アンフェタミン類)
神経刺激剤として現在我が国で比較的広く使われているのはメチルフェニデート(リタリン)だけです。分類上は「抗うつ薬」となっていますが、本当の意味
では抗うつ薬ではなく、これまでの研究でも抗うつ効果ははっきりしません。その上非常に乱用されやすく、依存を生じてしまう傾向が高く、乱用によって大量
に使用された場合に幻覚妄想などの症状を生じてしまう可能性があるために、使用されるにしても、ごく限られた適応に対して、非常に慎重に使用される種類の
薬剤です。
神経刺激剤はモノアミン系のシナプスに働き、ドーパミン、ノルエピネフリン、セロトニンなどの放出を促し、その再取り込みを若干阻害し、こうしてモノア
ミン系を賦活する作用があります。こうして意欲を向上させ、ADHDにおいては集中力を高める働きにつながっていると考えられますが、副作用としては食欲
が低下すること、覚醒レベルが上がるためにイライラ感や不眠、不安を生じやすいこと、乱用や依存を生じやすいこと、幻覚妄想などを生じることがあること、
などがあります。
現在のところ、臨床的な実際の適応は、小児のADHDと、成人のナルコレプシー、器質性の抑うつ・意欲低下状態、くらいでしょう。メチルフェニデートは
経口で摂取されると、1、2時間で血中濃度が上がり、効果は数時間しか持続しません。このため通常は朝、昼前、お昼過ぎ、くらいの1日2回から3回の投与
になります。(夜間不眠になることを防ぐため、夕方の投与はしないことが普通です。)小児であれば0.3-1.5mg/kg/dayであり、成人であれば
30-60mg/day程度になるでしょう。
なお、メチルフェニデートをどうしても妊娠中に使わなくてはいけない状況はないでしょうから、催奇性がどうであれ、妊娠中は使用すべきではないでしょ
う。
ドネペジル
ドネペジル(アリセプト)は脳内のコリンエステラーゼを可逆性に阻害し、アセチルコリン系を賦活する作用があります。アルツハイマー病においてコリン系
が低下していることが物忘れなどの症状につながっていると考えられていることから、現在軽度から中等度のアルツハイマー病に対して使用されており、効果が
認められています。しかし、アルツハイマー病において低下しているのはコリン系だけではないことや、結局のところ進行性の疾患であるアルツハイマー病に対
して対症療法的にこの薬剤を使ったところで時計の針を若干戻したことにしかならないことなどの問題はあります。また入院を要するような重症のケースでは、
この種の薬剤の効果はほとんど認められず、出番はないと考えて良いでしょう。ドネペジルは、米国ではこれより先行していた同種の薬剤であるタクリンにあっ
たような、ひどい下痢や肝機能障害などの副作用がほとんどなく、臨床的に使用される5-10mgではほとんど問題なく使用することができるでしょう。
ベータ遮断薬
ベータ遮断薬の多くは高血圧症や頻脈など循環器系の疾患の治療に使われていますが、精神科においては若干特殊な用途があります。
よく使用されるのは、(1)社会恐怖・対人恐怖にともなう自律神経症状である「どうき」、発汗、震え、などの身体症状を抑えること、(2)抗精神病薬の
副作用であるアカシジアを抑えること、(3)リチウムの副作用である振戦を抑えること、(4)老人性痴呆などに伴う暴力性・攻撃性を抑えること、などの目
的です。(1)の場合には実際に緊張する状況に入る前に、頓服としてプロプラノロール(インデラル)10mgを内服することもありますし、その他について
は、だいたいプロプラノロールで1日30mg程度分三くらいで適当でしょう。