mochitsune望月つねやの自己紹介ページ 連絡アドレス

夕刻、手にはシャンパン。場所はご存じ
以前の写真
カレッツァ湖畔/ドロミテ山塊/北伊
サランコットの丘/ポカラ/ネパール

facebook毎日のように発信しています。

ブログは±3σの会(へそ曲がり)これは「文痴」のハンドルネームで、世の中への「へそ曲がり」意見。

このページは「望月つねや」の私的日常を書きます。


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右よりユングフラウ、メンヒ、アイガー<スイス・オーバーラント三山
更新 2019.7.29 前回更新2019.7.11

  

what's NEW!!・・・書いた文はこちらへまとめた2014.8.16
備えるべき次の天災のリスク評価2019.7.29
・下欄に65ケ国までのレバノンを加えた2019.7.11
過去の日記に写真 2014.4.16
・右の日記の書き方を変えました。2014.3.2
・アテンザの写真2014.1.22
役所OB会会報への投稿一覧表 2006.6.19
ブログ作成しました
±3σの会  2006.4.11
書き込み随時NEW!!
NPO 21世紀水倶楽部 を始めました 2003.5

2018.6.21 スイスに行ってきた。目的はアルプスの山景色。登るのではなく、展望台より山容を眺める。代表のマッターホルン、モンテローザ、モンブラン(フランス)とそれに写真のユングフラウなどだ。すべて四千メートル台で、展望箇所へ登る登山列車、ケーブルカーなどが整備されている。
 (過去の日記

望月つねやのサイト

±3σの会(へそ曲がり)毎週新投稿あり
(以前は)五百字時事評

Facebook「望月倫也」(ご覧になるにはFB登録が必要です)

デフレでいいじゃないか


米国、インドネシア、エジプト、ギリシア、フィリピン、インド、タイ、韓国、香港、マレーシア、シンガポール、カナダ、ロシア、中国、スペイン、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、カンボジア、キューバマダガスカル、台湾、ベトナム、メキシコ、パプア・ニューギニア、ニュージーランド、トルコ 、ブータン、スリランカ、ラオス、アイルランド、バングラデシュ、ミャンマー、シリア、ヨルダン、ドバイ、ネパール、ジンバブエ、ボツワナ、南アフリカ、ドイツ、オーストリア、イタリア、ペルー、アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア、カタール、オーストラリア、モロッコ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、モンゴル、ウズベキスタン、アルゼンチン、チリ、イスラエル、スイス、フランス、パキスタン、パナマ、レバノンの65ヶ国に今まで行きました

海外へは相変わらず、行っています。
私的旅行がほとんどですが、左欄の写真は、だいぶ前の北欧旅行のさい撮った
、デンマーク・フリーデンスボー城の裏庭です。
緑陰に沼の碧が映える、庭園の欧州にしては「自然の」風景でした。
1998年夏に行ったスペインのことを
エスパーニャ早回り追想 にまとめました。
その他、

エジプト紅海10日間旅行始末
戦後生まれラバウルへ行く


日常は健康のためと、乗換駅の雑踏を避けるため、自宅から会社まで歩いて通っていま。全6キロ、70分です。
の路上観察はその道すがらの写真集です。感想文もあります。

国内旅行はもっぱら愛車と共にです。

免許をとつてからの車履歴です
@カローラスプリンター(中古、トヨタ)
Aスバル1300(中古、富士重)
Bカリーナ(トヨタ)
Cカリーナ
DMPV(マツダ)
Eボルボステーションワゴン(VOLVO)
Fシビックハイブリッド(ホンダ)
Gアテンザワゴンディーゼル(マツダ)写真は雪の八ヶ岳をバックに

国内外の旅行のさい撮った水辺の写真を 水のある風景 に説明付きでまとめています。


H6.12.23(朝日新聞)富山県土木部長
時代の思い出

右は中沖知事、中央は野坂建設大臣

ネット・キーワード
(INDEXに表形式でリンク)

環境関係・・・・水と多自然環境・ディスポーザー・水と安全・農林業の将来・経験的水質論・水と文明
公共事業関係・・・・デフレーション・道路はどう作る?・日本の都市計画

役所時代にとった杵柄で、現在はネット上ですが、強固な持論を展開し続けています。

現在、そのため公開しているページは、水と環境 と 公共事業と経済

役所OB会会報に毎回投稿しています New!

 

全国土木部長会会報「まじわり」・・・各年6月

旧交会会報・・・各年11

平成13年

車社会・散居村の都市計画

平成14年

道は広い方がよいか?

右肩下がりの経済

平成15年

新幹線から航空網へ

左には左、という擬采配

平成16年

国土・交通チグハグ省

戦後生まれラバウルへ行く

平成17年

巨大災害であっても死者ゼロを目標に

物言わぬスペシャリスト、土木技術者

平成18 倫理よりも検査が重要 人為的地球温暖化危機説への諸疑問

平成19

論より証拠・公共事業

建築にもの申す

平成20 人口減時代と公共事業 劣化する行政技術者
平成21 温暖化ガス削減より「もったいない」を 子孫につけを回す
平成22 ダムを強行した覚えはない ベンガル人の国、バングラデシュ
平成23 雪は廃棄物、公助の対象 リスク評価を理解しない日本人
平成24 南アフリカ共和国は先進国 「速い」と「早い」の混同
平成25年 歩行者視点のまちづくり グルジアにソ連を探す
平成26年 工学の徒がアベノミクスについて考えた 先輩・八田與一の台湾を訪ねて
平成27年 「送料無料」とはならない 「杉原千畝とユダヤ人のこと」
平成28年 「地方創生」は住民意識から モンゴル軍の兵站の利を実感した
平成29年 「安全」と「安心」のあいだ シルバーパスで行くワンダーランド
平成30年 自動車は汎用品、自国生産が当然 災害の予知と予測
2019年 備えるべき次の天災のリスク評価

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2007.1.1 あけましておめでとうございます。今年もよろしくネット上でのおつきあいをお願いします。2007年正月
今年は亥年、年男です。過去、亥年は災害多発の年でしたが(阪神大震災1995、日本海中部地震1983、伊勢湾台風1959、カスリン台風1947、関東大震災1923など)、そのジンクスを破って、社会のほうの激動(変革でよくなる)の年としたいものです。
2007.2.14 S君は親友の一人です。四月のS市長選挙に出馬するとのことで、「S君を心から歓送する会」に出席しました。来賓のN自民党政調会長によると、S市の教育は現市政下では最悪の状態とのこと。
彼ならそれを大胆に改革してくれると思うし、「土木で国を、郷土を守り、つくりたい」の初心も心強い限りです。
ただ、官僚出身と言うだけで、逆風のこのごろです。彼が如何にS市民の心をつかむかがこれからの正念場です。
2007.3.6 干支が一周したので、世間的には老人の仲間入りをしたことになる。そこで「問題」老人を心がけたい。
意地悪じいさんではない。ちょいワルでもない。いままで他人に出来るだけ合わせようとしてきたのを、そうはしないだけだ。(日本の)社会から見ると協調性の少ない(という意味での)「問題」人物になる。
2007.3.27 十年ぶりで新車。前のVOLVOよりグレードダウンだが、エコカーのホンダシビック・ハイブリッド1300(シビハイと略)。色はこの欄と同系色、紫(ハイカラに言うとアメジスト)。1000キロ程度走って、18km/l程度。カタログの26キロは到底出ないが、まあまあだ。T社のP車は一部電気走行のハイブリッドだが、ホンダのはモーターアシスト、アシスト自転車の足力がガソリンエンジンで1300CCと小さくてすむ。
2007.4.24 年金を初めてもらった。職域加算というやつだから、ほんの少しだ。でも、これから一生、(唄の文句ではないが)生きている限りはいつまでも・・・♪もらえる。だから、有り難いの一言。
福祉国家・日本万歳!!
考えてみれば、年をとったら働く能力は右肩下がり。再び余計に働けるようにはならない。
年金で面倒を見るといっても、いつかは死ぬから、永久ということではない。よい制度だ。でも、人口推計(支払者、受給者)を間違えたから、大変なことになっている。
2007.5.14 テレビを8年振りに買い換えた。SO社製の32インチ、もちろん薄型液晶。初めて見る地デジは繊細で素晴らしい。
買い換えに至るまでが一悶着。まえのブラウン管式は外見はまだまだ使えると判断。修理に来てもらったが、3万円かかるという。@修理のほかAこのさい新製品B3万円の小型TVをつなぎに、の三案があるという。
修理代三万円は高いかなと思ったが、三ヶ月とたたずにほかの箇所が故障。結局はAの12万円(9万円ですんでいた)が良かったことに。故障したTVのリサイクル費用は2千円弱(法定は3千円なのにね)。
新規購入が全てでお得で、修理をしないほうがよいとは、「もったいない」の気持ちが踏みにじられる日本だ。
  

2007.8.7 ブータンに行ってきた。インドの北、ヒマラヤ山脈で中国と接しているあの国だ。世界第一の(人口の)国と第二位に囲まれた70万人の小国。山の国・ブータン紀行
いまインド北部は雨期真っ盛り。湿ったモンスーン南風がヒマラヤにぶつかり、毎日が雨雨雨だ。ヒマラヤの名峰を拝むことは叶わないが、この雨の恩恵に浴す急峻な棚田の稲田が谷の向こうに霞む風景はいまでないと・・・。
ブータン民族は、着るものは日本のどてら風と違うが、顔つき、挙措は日本人とそっくり。風景も日本の梅雨時と変わらず。急峻・山深い国土は平家の落人の隠れ里を思い起こされる。


2008.6.2 南アジアの小国・ラオスに行ってきた。
ベトナム戦争終結時、ベトナムは北が統一、カンボジアはクメールルージュの虐殺時代に入ったが、ラオスは共産軍のパテトラオが勝利し、そのままラオス人民民主共和国(LaosPDR)となって現在に至っている。街頭の国旗には一党独裁のラオス人民革命党の旗、旧ソ連の赤旗に類似したもの、があわせ掲げられ、ドキッとさせられる。
2008.11.11 アイルランドに行ってきた。「あの金融で大変なアイスランド?」と聞き返され閉口している。アイルランドはEUに入り、通貨もユーロとなって、いまは大丈夫だ。
ただ、昔は、隣の大国・グレートブリテン北アイルランド連合王国(英国のこと)にいじめられて大変だったと司馬遼太郎「愛蘭土紀行」に載っていた。
でも、そのような証拠は見つからなかった。その後の期間(20年あまり)がそうさせたのか

写真はアラン諸島イニシュモア島の断崖
2009.10.7 バングラデシュに旅行した。日本がアジアで援助する国の代表格だ。援助のおかげで、生活はかなり豊になったと聞く。だから、日本人はモテモテだ。観光で宗教関係の遺跡に行くと、観光する人々の観光の対象が「日本人」になってしまう。われわれ日本人の回りには群衆が集まり、群衆整理の警官が出動するほどだ。
写真はダッカ市内のガート(河港) 
2010.2.9 ミャンマー国内を旅行した。訪れた都市は旧首都ヤンゴン(旧名ラングーン)、仏跡バガン(同パガン)、古都マンダレー、バゴー(同ペグー)など、国名自身も旧名はビルマで、新しい名前を覚えるのが大変だ。代表的河川はエーヤワディ川(旧名はイラワジ川)・・・写真(マンダレー市内)
2011.6.15 だいぶ日時は経ってしまったが、大震災直後にネパールに行ってきた。そのとき東京は計画停電騒ぎで、そこからの脱出が目的に加わった。成田空港には少ない交通機関を探し、やっとの事でたどり着き、中継地のバンコク・スバンナブーム空港では放射能測定騒ぎ(タイ人のみ)を横目に、カトマンズからネパールへ入国。しかし、同国でも計画停電中でした。
水力発電に頼るので、乾期の冬は水量不足で毎年、計画停電とのこと。こういうのを計画停電という。東電のはいきなりだから、無計画停電。
2011.11.25 これも今年の夏のことだからだいぶ前のことになってしまった。
コタキナバルに行ってきた。マレーシアの「半島」部ではなく、ボルネオの二州のうちの北半分サバ州の州都だ。
何が特徴かというと、東京(羽田)から近い。それもその国際空港の脇がビーチリゾートだ。時差も一時間と支障ない。
羽田空港の深夜枠を使った便を利用した。午前一時に搭乗したが、二時まで離陸しないという。五時間のフライトでは現地六時の開港時刻前についてしまうからだ。
2011.12.16 またまただいぶ前のことだ。
南アフリカ(共和国)に行ってきた。G20に属する新興国と思っていたが、完全な先進国だ。アパルトヘイトとその後の治安の悪さでイメージはよくない。しかし、行政の首都・プレトリア(最大都市ヨハネスブルグの近郊)と立法の首都・ケープタウンに寄ったが、近代的な都市作りがなされ、都市内ハイウエイは完璧だ。
その南アで、原発を新設する計画があり、日本など西側諸国が尻込みするなか、中国の援助存在が大きいらしい。「危ない!!」と思わず叫んでしまった。それもアフリカをことさらに危険で遠い存在と誤解してしまう日本人のほうに原因があるのではないか。
南アフリカ共和国は先進国をご覧ください
写真は隣国ボツワナのチョベ国立公園(ザンベジ川からのリバーサファリ)
2012.6.1 昨日、15年間つとめた会社を退社した。その前の公務員生活26年を足して41年間の組織生活だった。
今日からは、全くの自由の身だ。
横沢彪氏が「給料は我慢料、退職金は手切れ金」と揶揄していたが、本当なのだろうか?そうかどうかを身をもって感じることになる。
2012.7.30 会社をすべてやめたのは、前期高齢者となったからだ。いわゆる「(一番)若い高齢者」になったわけだ。日本の経済的には(重要と言われる)純消費者になった。
その若い高齢者にはまだまだ労働人口としての期待が高いらしい。支えられる方から支える方へ少しでも戻って欲しいらしい。
でも、ハローワークに行っても、求人は65歳以上向けには分類されていない。年齢制限が禁止されているからだ。特定の歳以下という差別ではない。特定の歳以上に最適の職業を聞いて何が差別だ?
2012.8.10 チロル(墺)ドロミテ(伊)へ行ってきた。スイスアルプスでなく、東のオーストリアアルプスというやつだ。
アルプス中心より標高は若干低いが、オーストリア最高峰のグロース・グロックナー山は富士山より高い3,798mある。低くても個性的な山々だ。
写真はインスブルックを流れるイン川
2012.11.8 ベトナムに行ってきた。ハノイと中部のダナン、ホイアンだ。
ハノイはかつての北ベトナムの首都。ダナンは対する南ベトナム最前線の米軍基地の町。そのベトナム戦争終結からすでに40年近くたつ。社会主義で統一されたベトナムだが、発展は著しい。そこは中国と同じだが、独裁政治の締め付けは感じさせない。(ラオス、ミャンマーも比較対象となる)
ベトナムの民族性が違いを生み出しているのだろうか?中越戦争ではケ小平の中国を負かせた勢いがある。仏米にも勝った「世界最強」軍だ。
2012.11.8 都バスで通勤している。行きの朝のみで、明治通をバスは定時で運行する。朝は、駐停車の車がいない。バス優先(専用)レーンも一部ある。主要バスストップでは、早く着きすぎた場合、時間調整停車する。だから、定時運行になる。
山手線でも通えるが、こちらは座れないし、定時運行とはお世辞にも言えない。
2013.4.11 ペルーに行ってきた。アンデス高原の国だから標高が「自慢話」になる。首都のリマとかナスカ(地上絵)は海岸近くだが、インカの都クスコは3,400m、チチカカ湖は3,800mあり、富士山頂より高い。クスコからチチカカ湖畔のブーノまで高原を「酸素バス」で移動。そのとき越えたラ・ラヤ(Abra la Raya=Pass of la Raya)峠の4,335mが個人的にはいままでの最高標高地点になる。高山症にはならなかったが、心臓が少しどきどきした。
ちなみに世界遺産のマチュピチュはクスコからアマゾン支流を下ったところにあり、2,280mなので心なしか空気が濃い。
写真は早暁のチチカカ湖。
2013.7.4 コーカサス三国へ行ってきた。20年前まではソ連の一部になっていたアゼルバイジャン、グルジア、アルメニアのコーカサス山脈南側の共和国だ。成田からは湾岸カタールのドーハ経由だ。
このドーハ空港が問題だった。乗り継ぎ客が大部分なので、すべてが「沖取り方式」(ボーディングブリッジの岸壁方式でない沖仲仕方式)のバス乗り換えだ。乗り継ぎ専用ビルも大混雑。BOP(低所得者)向けの空港だ。ヨーロッパの若者もたくさん利用していた。距離、時間はかかるが安いのだ。
写真はアゼルバイジャンバクーのカスピ海。
2014.2.10 オーストラリア大陸を東西に縦断する旅をした。豪州という国の特徴は「資源国」ということだ。日本などに輸出される鉄鉱石は西海岸で、石炭は東海岸で採掘される。西海岸(インド洋)の主要都市パースはその関係で栄えている。鉱山主の大金持ちは、パースの豪邸から自家用ジェット機で数百キロ北の鉄鉱石鉱山まで「通勤」するそうだ。写真はパース湾(スワン川河口)
 おかげで、それら富豪以外の一般の人も豊かさを享受している。国が定めた最低賃金は時間あたり15オーストラリアドル(1,500円)だというからびっくり。
 同様の国に、南アフリカ共和国を代表とするアフリカの一部の国も。その国々では賃金水準が高くなりすぎて、通常の産業が育たないという資源国の悩みがある。
2014.2.28 67回目の誕生日。三年前、兄が死んだのは67歳。父は47で、祖父は87歳で。7が鬼門のようだ。ことしは健康に留意しなければ。
2014.3.2 このページは「望月倫也」で検索のうえで友達がアクセスするから、一般の不特定多数に公開されるブログとかfacebookに書くには不適当な、私的なことを書くことにしたい。それも「過去のこと」に限る。FBとかに「なう」とか言って現在状況を書くのは情報開示しすぎだ。
2014.3.7 facebookへの投稿は最近は「ビットコイン」「大学問題」に関してを加えるようになった。参照記事のリンクに自分のコメントを加える方法で、読んだり書いたりと勉強になる。
2014.3.19 フィリピンのパラワン島北部エルニドへ行ってきた。このリゾートの売りは「自然」に加え「隔絶性」だとおもう。マニラからプロペラ機で1時間でエルニド空港へ。そこから港まで悪路を1時間半。リゾートの島へはアウトリガーカヌーで大波を越えて1時間。計4時間近くは成田マニラ間に相当する。
2014.4.5 このページの構成・配置を変えた。what's NEW!!はやはり左側だろう。ページタイトルの左右に写真を配置し大きくした。
2014.5.5連休真っ盛りだが、ニュースは道路渋滞を伝える例年恒例のものだ。連休=渋滞の先入観から来るものだ。実際は通常の土日のほうが渋滞がひどくなることが多い。理由は過去の高速道路渋滞の主原因は日帰り交通に書いた。
2014.6.3だいぶ日時が過ぎたが、先月、母が亡くなった。大正8年生まれだから、94歳の大往生だ。四歳の時、東京の杉並で関東大震災を体験。大正、昭和、平成の三世を生き抜いた。
2014.6.24台湾へ行ってきた。八田與一の烏山頭水庫(ダム)を見るためだ。故八田氏は大学の60年近い先輩にあたる。戦前の日本統治時代の台湾農業開発に尽力し、いまでは、台湾での最も有名で慕われている日本人だ。肝心の日本人の間ではあまり知られていない。
2014.7.8 大腸内視鏡検査を受けた。小さくないポリプが見つかり、そのまま内視鏡手術で切除、ホッチキス様なもので止血。二週間は「絶対」禁酒。肝臓、膵臓などのためにも休肝あるいは膵養(NHK用語)の週となる。
2014.8.8 野口悠紀雄「変わる世界、変わらない日本」を読んでいる。
工学の徒がアベノミクスについて考えたには金融工学の失敗がリーマンショックの原因、と書いたが、野口氏は「金融工学を厳密に適用しなかったから」と書いている。
2014.9.15 モロッコへ行ってきた。目的はサハラ砂漠(の最西北端になる)とタンジェ。タンジェはモロッコの長崎みたいなもので、ジブラルタル海峡を北に望む古くからの対外港湾都市。ヘラクレスの柱と言われたその海峡は地中海と大西洋とを結ぶため大地が切り離されたという。その南側がアフリカのモロッコだ。
2014.11.4 スマホのトラブルがあり通信会社に理不尽な請求を受けることになった。また、固定電話は子機の充電池が寿命で取り替えるはめに。通信手段のトラブル続きで、知り合いからの連絡はまずはメールにして欲しい、と思っていた矢先、PCが故障(いまは復旧)。メールはスマホでも読めるのが幸いした。
2014.11.23 年末で喪中のハガキをいただくようになった。当方も喪中・欠礼のハガキを出す年だが、今回は新年になってからの寒中見舞いを兼ねた欠礼断りとしたい。
2014.12.23 先日、2年ぶりにスキーに行った。この間のブランクか歳のせいか、はたまた雪質がよくなかったか、なんべんも転倒し、体中が痛い。でも、久しぶりの運動で充実した痛み(というのはあるのかな?)だった。
2015.1.2 年賀状(欠礼通知も)をメール(添付)でいただくことが増えている。当方からの寒中見舞いハガキもメール添付でお送りしようかと考えている。
2015.2.28 68歳の誕生日を迎えた。この日が特に、ということはない。正月もそうだった。来年の元旦には数えで70歳、古希ということになる。稀という歳ではないが。
2015.5.21 バルト三国とポーランドに行ってきた。先年、コーカサス三国に行ったが、いずれも旧ソ連を構成した共和国とその陣営国(ポーランド)に結果的になってしまった。2015.5.27 今回のヨーロッパ旅行で、東はロシアのウラジオストックから西はアイルランド・ダブリンまで、欧州はすべて「同じ」だという実感をもたされた。教会、砦の旧市街、都市計画など。
2015.9.3 アラスカに行ってきた。見るべきものはオーロラとマッキンリー。しかし、雨にたたられてほとんど見えなかった。デナリという地元の名称に変わる直前のマッキンリー山としては最後の機会となった。
2015.12.22 タスマニアに行ってきた。オーストラリア大陸の南の小さな島だ。小さいといっても北海道より少し小さいくらいだが、人口は五十万。空気が澄んで、南十字星他の星がきらめくのがすばらしい。南緯42°なので北海道と同緯度、しかし、南半球には同緯度では南アメリカのパタゴニアがあるのみで、偏西風に汚染物質が含まれないので、夜空が澄み切っているということらしい。
2016.4.12 米国カリフォルニアのヨセミテ自然公園に行ってきた。写真は公園内で夕日を背に「ハーフドーム」を撮ったもの。手前の渓流の水面にも映っているのだが、絞りの選択が難しくはっきりとはしない。なお、四月からは乾期になり毎日が晴れとなる。
2016.7.13 モンゴルに行ってきた。世界を征服したチンギス・ハンの気持ちに浸りたいのが目的の一つ。征服西端の東欧まで6,000km、日本までは半分の3,000km(いずれも直線距離)。前者へはずっと草原の道、後者には間に海が立ちはだかる。このことが元寇の失敗につながったのだろう。
2016.8.6 モンゴルでは温泉にも入った(水着着用の露天)。その周りは大草原と森林。見つけた花のうちクルマユリは色が少し赤い。
2016.10.2 中央アジアのウズベキスタンに行ってきた。ユーラシアの文明史上中心となった地域の国だ。文明は大河川の賜と言われるが、ここでは、アムダリア川(写真)だ。
2017.2.28 70歳の誕生日を迎えた。古来稀らしいが、馬齢を重ねた(無駄に歳をとった)だけにすぎない。本日は台湾の2.28事件の日だ。今日も70年の記念となる。つまり、僕が生まれたその日に台湾の悲劇があった。
2017.3.16 南米最南端のパタゴニアに行ってきた。日本からは地球半周2万キロの彼方だ。飛行機は10時間以上を乗り継ぎ、行き帰り、機上で丸二日をかけた。おかげで機内の映画を「シン・ゴジラ」「超高速!参勤交代」「ベン・ハーリメイク版」「君の名は。」「007カジノ・ロワイヤル」「アナと雪の女王」の六本も見てしまった。
2017.8.9 インドネシア・スラベシ島へ行ってきた。最大の目的は40年程前の仕事の対象だった南スラベシ・マカッサルのビリビリダム。しかし、申し込んだツアーが北スラベシ・マナド近郊タンココの森での動物観察も含んでいたので、写真はその一枚。動物はほかに有名なものとしてはクロザル。
2017.9.21 イスラエルへ行ってきた。世界からの観光客の対象はほぼ宗教だ。エルサレムはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の三大宗教が共存する聖地だ。一神教を信じない身としてはそれら奇跡の施設を見学するのは退屈この上なかったが、地中海海港のアッコは数少ない目的一つだった。何次かにわたる十字軍戦争の愚行の結果、アラブの土地から海に追い落とされた十字軍、その最後の砦には興味があった。当時と同じ地中海の青色がまぶしかった。
イスラエルはテロ、戦争などで危険な国との印象があるが、実際に目にして歩いて、安全はほかの先進国と同じように確保されているのがわかった。ただ、そのためにはイスラエル軍の町中での歩哨が目につきるほどあってのことだろう。
2018.1.3 スリランカに行ってきた。写真のゴール砦遺跡はオランダ統治時代のものだ。その前はポルトガル。後はイギリスの植民地となった。いまはインド洋航路の要衝を占める。インドと対立する中国が一帯一路海のシルクロードで狙うところだが、中国の影響は感じられなかった。むしろ親日国だ。